♰吸血鬼の眷属♰ でも学校生活を平穏に送りたいッ!

 ――眷属。


 人間社会では重度の厨二病患者が用いる単語だが、吸血鬼社会では日常用語。

 

「夜宮お姉様ァァァァァ!!! 眷属にしてェェェェ!!!」


「その綺麗な顔面に備わってる歯で私を眷属にしてェェェェェ!!!」


「私を夜宮お姉様の所有物にしてくださいましィィィ!!!」


 因みに使用例がコレだ。


 自分の吸血されたい箇所を露出しながら襲い掛かってくる吸血鬼ならぬ吸血希望者に迫られるこの地獄のような光景が、説明として分かりやすいだろう。


「待ってくださいまし! 待ってくださいまし! 私のお腹に吸血してくださいまし!」


「ちょっとだけ! ちょっとだけですから! 私のうなじと手と足とか全部の身体パーツに夜宮お姉様がちょっとだけ吸血するだけですから!」


「どうして全裸になった私を吸血してくれませんの!? 服を着ていたら吸血できないのだから服を着ないのは当然のマナーなのでしょう!? 吸血マナー講師の動画で覚えたのに全然吸血されないじゃありませんの! あの詐欺師が! 後で低評価にしてやりますわ!」


 不幸中の幸いというべきか、眷属とはいえ吸血鬼の関係者……しかも、真祖の娘の直属の眷属になってしまったオレはそこら辺の吸血鬼なんかよりも身体能力だとかが向上していた。


 廊下を1秒足らずの速度で駆け、逃げる為だけに3階の窓から地上に飛び降りてもノーダメージですぐに逃亡する事が出来ていたのである。


 おかげ様であの変態吸血鬼どもにオレの美しい身体を不躾に触りやがるだとか、そういう事にはまだ至っていない訳だが――。


「いやぁぁぁぁぁぁ!? ちょ、ちょっと夜宮!? ねぇ夜宮!? いきなり何も言わずに窓から飛び降りないでくれません!? 心臓に悪いんですけど!? 一体誰をお姫様抱っこしてると思ってるんです!? そうですね! 1日足らずでスクールカーストトップに君臨するアンタのご主人様こと水無月かさご様ですね! つまり今の私は実質的にスクールカーストトップ! 何なら夜宮以上のスクールカーストの持ち主! つまり! 私が! この学校で! 1番! 偉いって事なんですよ!」


「……ったく、なんでオレがお前を抱えて逃げる羽目になって……」


「水無月かさごォォォォ!!!」


「貴様ァァァァァァァァ!!!」


「夜宮お姉様にィィィィ!!!」


「お姫様ァァァァァァァ!!!」


「抱っこォォォォォォォ!!!」


「されてますねェェェェ!!!」


「羨ましいィィィィィィ!!!」


「殺すゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」


「……殺されるぅぅぅ……! 顔がすっごく私以下の赤点女で処女の癖に血がすっごく不味いだけの同級生に殺されるぅぅぅ……! 私まだ死にたくないよぉぉぉぉ……! アレ怖いよぉぉぉ……! 何とかしてよ夜宮ぁぁぁぁぁぁぁ……!? 今の私が弱体化してることが皆にバレたら絶対に私の処女を奪われるよぉぉぉぉぉ……! だってそれぐらいの美少女だもん私ぃぃぃぃぃ……!」


 オレの制服に汚い涙と鼻水つけながら惨めに懇願しているのは自称オレのご主人様こと水無月かさご。


 クラスメイトたちがオレに吸血されようとたかろうしたその瞬間に『コレ、私のドリンクバーですから』とドヤ顔で自慢してしまった所為でクラスメイト全員を敵に回してしまった哀れな知的生命体である。

 

「……ったく。このまま変態女吸血鬼共から逃げ続けるのも面倒だ。次の授業の予習も満足に出来ねぇ」


 今にも目端から涙が溢れそうな……というか、現在進行形で出てきているこのクソザコ吸血鬼さえいなければ、オレ1人で上手い具合に逃げられそうなのだが、この両手にいやがる呪いの装備じみた足手まといがそれを許さない。


 というか、本当に何でオレはこんなヤツの面倒を見ているのだろう。


 思わず漏れ出そうになる嘆息を何回か押し殺しながら、未だに場慣れしていない水無月学園を文字通り右往左往、時には上往下往しては常人以上の体力の吸血鬼どもから逃げる。


「右! そしたら左! 角を曲がり切ったら左の窓から落ちて!」


「的確な案内指示ですね、流石は口だけの水無月さん」


「褒めました!? え!? 今アンタ私の事を褒めました!? やだぁ、困るぅ! そんな事されてもアンタの事なんか好きになるほど私は軽い女じゃないんですけどぉ……? えへへ……! 何だぁ……! 夜宮も吸血鬼を見る目があるじゃないですかぁ……! うへへ……!」


「貶したんですよ? 水無月さんは随分とお幸せなお頭をなさっていますね?」


「またまたぁ……! そんな分かりきった照れ隠しとかしなくていいいですよぉ……! 知ってるんですよぉ……? ほら、私ってば黙ってなくても美少女ですしぃ……? 男だった時の童貞人間が思わず一目惚れしたんですよねぇ……? しちゃったんですよねぇ……? 好きになっちゃったんですよねぇ……? ふふ、私ってば本当に罪づくりな女――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 人が喋っている時に急に窓から落ちないでくれません!? 私の覚悟の準備がまだ! まだなんですけど!? アンタはジェットコースターか何かですか!? 違うでしょ!? アンタは私の眷属でしょうが!? 私の覚悟が出来てから落ちるのが常識です! 勝手に飛ばないでくださいよこのバカ――んぎぃ!?」


「舌を噛みますから、黙ってくださいね?」


「……はいひゃいわかりましたひゃはりまひたぁ……」


 うるさい女吸血鬼を抱きかかえながら、両の足で地面に着地し、矢継ぎ早に足を動かすついでに近くにあった時計で現在時刻を確認し、この鬼ごっこが終わるまでの残り時間を確認する。


「水無月さん。後1分で休み時間が終わりますので、そろそろ私たちの教室に戻りましょう」


「……夜宮ぁ……?」


「はい、何でしょう?」


「……怒らないで聞いてくれる……?」


「はい、怒りませんよ?」


「……トイレ行きたい……」


「マジでふざけんじゃねぇぞ、このクソザコ吸血鬼」




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「なるほどなるほど。それで夜宮くんの制服をかさごちゃんが着ている訳なのね」


「そーなんですよ! 夜宮ったら私より胸がないから制服のサイズが小さくてぇ……! いやー! きついわー! 夜宮の制服、私の胸にはきついわー! なんで夜宮ってば私よりも胸がないんですかねー? 持たざる者ってかわいそー!」


「オレは頭が無いヤツの方が可哀想だと思うがな。まさかオレの腕の中で――」


「駄目! それ以上言ったら駄目です! それ以上言ったら……えっと、その……な、な、な、泣きますよ!?」


「――まさか自分の制服を盛大に濡らすぐらい大泣きするとはな。おかげ様でオレはジャージ姿だよ。制服姿もそうだったがジャージ姿のオレも美人で困る」


「ふふん! その通り! 私は文字通り涙を流してしまうような悲劇のヒロインという訳なのです! 可哀想でしょう? ねぇ可哀想でしょう! どうですかお母さん!」


「うちの娘がお漏らしをしてしまったみたいで本当にごめんなさいね、夜宮くん」


「どうしてバレるのぉぉぉぉぉぉ……!?」


 昼休み、という割には夜が深くなって日にちが変わる頃合いの時間帯が、ここ水無月学園の昼休み。


 授業の合間に挟まれるような小規模な休み時間と違い、クラスメイト同士の親睦をより親密に深めたりだとか、更なる学習に励んだりだとか、委員会活動で汗を流したりだとか、思い切り寝たりだとか、そういう事を長時間やれるのが昼休みというモノだ。


 しかし、小1時間も逃げるのは流石に骨が折れるので、こうして水無月学園の理事長室に匿って貰っているという訳だ。


「それにしても、うちの生徒がそこまで夜宮くんにぞっこんになるだなんてねぇ」


 そして、そんなオレたちを喜んで歓迎してくれたのが目の前にいらっしゃる水無月かおる先生……オレに迷惑千万を現在進行形で掛け続けている水無月かさごの実母にして、見た目が完全に幼女の先生だった。


「いや本当に困ります。おかげ様で休み時間もこうしてゆっくりする事も出来なくて――」


「――人の旦那を奪おうとするだなんて、最近の吸血鬼は随分と不埒だこと。これは私自らの手で分からせてやる必要がありますね。娘は特別扱いしますが、それ以外の虫どもは別の括りで処分しますか」


 更に付け加えるのであれば、色々と複雑が過ぎる事情が相まってオレに重すぎる恋愛感情を向けてくる人でもあり、オレはこの人に逆らえないぐらいに色々な事を教え込んでくるような怖い吸血鬼でもあった。


「とはいえ、生徒の悩みには応えるのが理事長の役目です。分かりました。今すぐにでも解決します――大丈夫大丈夫! この水無月かおるに任せて任せて!」


 そう頼れる言葉を、頼れる笑顔で理事長先生は言ってくださった。





━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「――そういう訳で急遽、この高等部1年クラスに編入する事になった生徒が1名いますので自己紹介お願いします」


「はーい! 皆さん、初めましてー! でーす! 将来の夢は夜宮くんのお嫁さんになる事でーす! ――私のモノに手を出したら例外なく全員殺します。いいですね」


 あんな頼れる言葉を、あんなに頼れる笑顔で言ってくださった人が、何故かオレたちと同じ制服を着て転校生になっていらっしゃった。

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