第2話

アッシュはゆっくりと、隣の家の扉をノックした。するとすぐに、中から弱々しい声が返ってくる。


「は、はい……どなたですか?」


「隣に引っ越してきた者です。もしよければ、お邪魔しても?」


「え……?」


戸惑いの声が聞こえた後、ガチャリと扉が開いた。そこに立っていたのは、頬を真っ赤に染め、苦しそうに呼吸をしている、そばかす顔の可愛らしい少女だった。


「あの、熱があるみたいだけど、大丈夫?」


「へ、平気です……」


そう言った直後、少女はぐらりと体を揺らした。アッシュは咄嗟にその体を支え、少女を抱きかかえるように家の中へ入った。中は薬草の匂いが充満しており、ベッドの上でうなされている老人が見えた。


「おじいちゃん……」


「君はもう寝てなさい」


アッシュは少女をベッドに寝かせると、老人の額に手を当てた。熱は尋常ではなかった。このままでは命が危ないかもしれない。


「君、薬草はどこにある?」


「あ、はい……そこの棚に……」


アッシュは棚から乾燥した薬草を取り出すと、慣れた手つきでそれをすり潰し、水に溶かし始めた。かつて、冒険中に毒に侵された仲間を治療するために、覚えた知識と技術だった。


「それを飲むんだ。少し苦いけど、我慢して」


少女はアッシュが作った薬を、素直な瞳で飲んだ。数分後、少女の顔色は少しずつ落ち着き、穏やかな寝息を立て始めた。


「すごい……」


少女の声に、アッシュは驚いて振り返る。いつの間にか起きていた老人が、涙を流しながら彼を見ていた。


「わしを助けてくれるのかい……?」


老人はそう言って、ベッドから起き上がろうとする。アッシュは慌ててその肩を抑え、再び寝かせた。


「わしはもう、年金暮らしで……薬代もままならない。それでも、孫娘のために、生きなきゃいけないんだ。なのに……」


老人の言葉に、アッシュは複雑な心境になった。かつては、世界を救うために力を振るっていた。だが、その力は結局、誰にも理解されず、孤独を深めるだけだった。


(でも、目の前の人を救うことは……誰にでもできることだ)


そう思い、アッシュは老人に優しく微笑みかけた。


「心配しないで。明日から、君の畑を手伝います。だから、今はゆっくり休んでください」


その夜、アッシュは自分の家で、月明かりを眺めていた。もう二度と、剣を握ることはないだろう。だが、誰かのために、この手を使うことはできる。そんな、ささやかな希望が、彼の心に芽生えていた。

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