第40話 驚喜のパレード
パレードの音がする。
陽気な音楽、歌声と歓声、大勢の人の立てる喜びに昂った話し声。
空に向かって飛んでいく幾百のカラフルな風船。
窓から見下ろせば、きっとハリボテの人形や動物が通りを練り歩いているに違いない。
「ニュドニア!」
「ニュドニア!」
「ニュドニア!」
誰もかれもがこの国の名前を叫ぶ。熱気で今にも地面が割れそうだ。
「本当に、出なくてよかったのか?」
「あの戦いの功労者は、あくまであいつだ。僕じゃない」
今日は、以前から予定されていた戦勝パレードの日だ。
国王や王女、軍隊の師団長クラス以上の人たち、そしてイアンが馬車に乗って街を移動して回っている。
僕にもパレードへ参加するよう要請がきたけど、怪我を理由に断った。
別にずっと立って手を振るだけのパレードに、どうしても参加できないほど酷いわけじゃない。内臓やその他の怪我はある程度落ち着いた。ろっ骨は結構酷い状況だったらしいけど、なんとか起き上がることができている。
わざわざ折られた足に至っては、綺麗な折られ方をしていたらしい。綺麗な折り方ってなんだ。アーチーのふざけた顔が浮かんで胸に苦いものが浮かぶ。
とにかく上司や、何よりイアンにかなりごねられたし、フルーリア王女からも誘われたけど僕は固辞した。
意外だったのは、祖父が何も言わなかったことだ。てっきり出るように命令でもされるかと思っていたので肩透かしを食らった。
「そういうことを言うから、お前とイアンを二人にするのが嫌なんだ」
「今の言葉の一体何が嫌なのか理解に苦しむ」
当然のように屋敷の僕の部屋にいるブライトルもパレードには呼ばれていた。
ズルいことに「私は他国の人間ですから」なんて上品な笑顔で言われたら誰も強く出られない。
功労者と言えば、ブライトルも充分それに当てはまるのに。
彼は周囲の反対を押し切って、トイメトアの決戦前日になって作戦本部から現地付近へ移動していたらしい。
曰く「いざという時に別戦力が近くにあった方がいい」
当初はイルアの安全地帯から指揮を行うつもりだったのに、通信が繋がらなくなった途端に無理矢理中央本隊に合流したそうだ。
いくら彼がアーチー・カメルくらいのレベルが相手じゃないと傷一つ付けられないほどのマスターだとは言っても、彼の付き人たちは気が気じゃなかっただろう。
それでもブライトルがいたことで中央本隊の戦力が増して、ホール周辺に部隊を分けられたのだから素晴らしい功績には違いない。結果論ではあるけど。
「お前はその自分に鈍感なところを少しずつ直すべきだな」
ブライトルが立ち上がってサイドテーブルにあったコップに水差しから中身を満たす。
「ほら」
「あ、ああ」
そのまま差し出されて不思議に思いつつも受け取ると、動けなくなったのをいいことに枕元に腰を下ろしてきた。
「おい、ベッドに座るな。あんたの椅子は用意しているだろ……」
「つれないな。久しぶりに会う恋人にもう少し優しくしたらどうだ?」
「こっ……!」
「もう恋人、だろ?」
パレードは終わらない。開け放った窓の外から止まない歓声が届く。言われた言葉が遠くに行って、また戻って来た。
「だ、って、あんた……」
「父上から正式に許可が出た。やっと、やっとだ……」
許可を得たのは、トーカシア国王だけじゃなくその周辺や、もしかしたら僕の祖父も含まれるのかもしれない。
コップを持っていない左手の上にそっとブライトルの手が重なる。
「どうやって……」
「ん? そうだなぁ。エドマンド、ヒントだ。お前の養父母は我が国の人間だ」
「え……?」
「養子先に関しての情報はかなり守りが固かっただろう? 俺が緘口令を出したからな」
養子先? そう言えばそんな話が出ていたけど、なんでいきなり……?
心底嬉しそうな顔が随分近くにある。その目が、二つの青が、熱っぽく潤む。重なった手が強く僕の手を握りしめる。
「……驚いた顔も可愛いよな、お前。最近表情も豊かになってきたし。本当に、何で怪我なんてしているんだ。早く治せ」
「ブ、ブライトル。あ、あんた、いきなり、なに……!」
「言っておくが、ずっと思っていたことだからな。別にからかっているわけじゃない」
「余計悪いだろう!」
「嫌なのか?」
こ、の男……! だからその言い方じゃ嫌とは言えないだろ!
わざわざ下から見上げてきて「俺はこんなに悲しいんだぞ?」とでも言いたそうな顔をしている。
僕は顔がカッカしているのを自覚しながら、ウロウロと目を動かす。
さっきから心臓が持たない。ソワソワしたり、ドキドキしたり、いい加減にして欲しい。
「な、何で、トーカシアなんだ……?」
「分からないか?」
「……分かりたく、ない」
「はははは! ズルいなぁ。そんなに知りたくないか?」
無言を貫いた。もう分かっている。ただ、処理しなきゃいけないことが多くてこれ以上新しい情報を増やしたくない。
自分が今どんな顔をしているかを考えるのも嫌だ。絶対にみっともない。クールなライバルキャラはどこに行ったんだ。
唇を引き結んで微かに俯いていると、そっと頭に手を乗せられ撫でられる。
「悪かった。少し浮かれ過ぎた。あれからお前とまともに話すのは初めてだったからな。少しくらい許してくれると嬉しい」
「ブライトル……」
縋るように見てしまった。握られた手の親指を伸ばしてそっと彼の指を握る。
途端にブライトルが苦い物を噛んだような、悔しいような顔をした。
「……いや、どういう、顔なんだ? それは」
スッと熱が下がる。本当にどういう感情でその表情になるんだ。
「色々と葛藤している顔だろうな……。その内お前にも分かる」
「そ、そうか……」
「それで? 受け止められそうか?」
「――その、急すぎて。大体、この関係になったのも、たった今だぞ? しかも僕らはまだ未成年だし……」
「そうだな」
「あんた、不安じゃないのか? 気が変わるかもしれない、とか……」
「お前は気が変わるのか?」
「それは、その……」
「聞き捨てならないな。俺はお前を手放す気、ないよ」
「だからって、いきなり結婚を前提にっていうのは……」
そう、ブライトルは僕と結婚する気でいるんだ。
だから僕はわざわざトーカシアで養子になる。多分養父母は元・貴族だ。トーカシアには貴族制度の名残がある。
名目上でも元・貴族の息子であれば、王族のブライトルと結婚しても形にはなる。
それがトーカシア国王の出した条件の一つだったんだろう。
「それくらいの覚悟がないと我が儘を言えない身分だからな。強硬手段に打って出た」
確かに僕は来年には十六歳になるし、婚約することは可能な歳だけ、ど……。いや、待て。
「一つ聞きたい。ブライトル」
「ああ、やっぱり気付くか。頭がいいのも考え物だな」
「あんた、いつから養子の話を進めていた……?」
「少なくとも、お前の気持ちを確認する前だな」
「あんた……! 何、何考えてんだー!」
叫んだ声がろっ骨に響いて、見事にコップの水をベッドに撒き散らしてしまった。
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