第34話 ブライトルV.S.エドマンド
「エドマンド」
「ブライトル王子殿下……。先ほどの作戦、さすがでいらっしゃいました」
あの後、ブライトルの作戦に色々な修正が入ったものを祖父が承認した。
「せっかく来てくれていたのに、作戦を説明する暇もなくて悪かったね。自室でお茶でもどうだい?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
議会の終了と共に声をかけてきたブライトルに、どこかぼんやりとした気持ちのまま頭を下げる。
お互い無言で廊下を歩く。
「ここは私の執務室として使用させてもらっている。遠慮はしないで欲しい」
「失礼いたします」
案内された室内は、王族に宛がわれた執務室にしては質素だった。
促されるままに中央に置かれた一人掛けのソファーに座る。
「はぁぁぁ。疲れた……」
同じように対面にあるソファーに座ると、ブライトルは人払いをして項垂れながら盛大なため息を付いた。
「若さっていうのもいいことばかりじゃないな! もう少し柔軟に考えるわけにはいかないんだろうか」
「言う割には、結局は作戦を通したじゃないか」
「そう見えるか? ごり押しだ。もっとやり方はあったはずだ」
「あんたが弱音を言うところを見るのは新鮮だな」
「はは、お前にだけだよ」
気の抜けた顔で言われて、喜びそうになるのを堪える。冗談めかして慇懃無礼に礼を言った。
「光栄ですよ。ブライトル殿下」
「……なあ、エドマンド」
「なんだ?」
「俺は疲れている」
「そうか。そうだろうな」
「それでも分かる。何を隠している?」
「な、に……」
……失敗した。咄嗟に言い返す言葉が浮かばなかった時点で、僕はそれなりに追い込まれていたんだろう。意識して気持ちをリセットする努力をする。
「……お見通しか?」
「気付いているのは俺と、フィッツパトリック閣下くらいじゃないか?」
「お爺様が? それはあり得ないな」
「そうか? お前がそう思うならそれでいいさ。――それで?」
「むしろ僕が聞きたいな。何で僕を推薦した?」
「ふぅん? 聞かれたくないのか?」
相変わらず回りくどい言い方をする。僕は眉間に皺を寄せた。
「ブライトル」
「はは、怒るな、怒るな。特に理由はない。合理的な判断をしたまでだ」
ジッとブライトルの顔を見る。嘘を言っているかどうかは分からない。
彼の立案は理にかなっていたし、他国の人間ならではの発言だと言われればそこまでだ。
それでも僕は納得がいっていない。
「あんたの発言で、未来が変わるかもしれないんだ。当事者なんだし、聞く権利はあるだろ?」
苦い顔で正面の整った顔を見つめる。
僕の一言でブライトルは途端に真剣な顔をした。
「俺の作戦じゃあダメなのか?」
「分からない。……分からなくなった。少なくとも僕が知っている作戦じゃなくなったんだ。でも、この後何かがあって、やっぱり知っている通りの状況になるのかもしれない」
「お前こそ抽象的だな。つまりニュドニア国が負けるって意味か?」
「その可能性は、低いとは、思うけど……」
「なら何をそんなに気にしているんだ」
「僕の知っている未来では、セイダルは上空戦の準備をしている。でもイアンは勝つ。勝つんだ。むしろ僕の存在が不確定要素になったかもしれないってことだ」
「お前がいたらダメなのか? でも、作戦には参加するはずだったんだろう?」
「僕は本来今回の作戦で拠点までたどり着かないはずなんだ」
「何故だ」
「それは僕が……」
言葉に詰まってしまった。何を言うつもりだった? 死ぬ予定だと言ってどうなる。そもそも死ぬつもりなどなかった。
アーチー・カメルを上手く足止めして、拠点の奪還まで時間を稼ぐつもりだった。
なかった? だった……?
「なあ、エドマンド」
思考の海に沈みそうなところを、ブライトルの声に引き揚げられる。
「お前は、ニュドニア国が勝つ未来を知っている。イアンがブレイブを使用することを知っている。お前の知っている未来が限定的だと言うのは前に聞いた。でも不思議だったんだ。お前は知っている割りに余裕がないように見える。ただただ、ストイックに生きている。何でだ? 未来を知っていて、それが好ましいものならもう少し楽観的になってもよさそうだけどな」
「それ、は……」
「お前、どうしたいんだ? 何がしたい」
景色が止まった。呼吸も、何もかも。そんな錯覚を覚えた。それくらいに衝撃的なことを言われた。それだけは分かった。
「ぼ、僕は……。そんな、どうしたいとかは」
「お前の希望はどこにあるかと聞いている」
「僕には希望なんてないだけだ」
「ある。イアンたちと友達になったのは、アンドリューたちを側に置いているのは、俺との関係を止めないのは、全部お前が望んだ結果だ」
「それはっ!」
「何で願うことを否定する! 俺は! 俺、は……。どうしても欲しいモノがある。だから全力で生きることを選んでいる。分かるだろ? そのために何でもするつもりで、今、ここにいる。お前を危険に晒してでも、作戦を成功させたい。もしこれでお前に何かあったら、俺はその責任を取るつもりだ」
「簡単にっ! あんたっ! 自分の価値が! 立場が分かっているのか! 簡単に責任を取るなんて言うんじゃ」
「簡単なはずないだろうっ!」
ブライトルの剣幕に僕は喉を鳴らした。潰れた小動物のような音が静かな部屋に響いて、言い返そうとした言葉が胸元に戻っていく。
「簡単に決めたわけがない。俺一人の人生じゃないんだ。そんなこと、お前に言われなくても分かっている。それでも、必要だと判断したんだ」
「あ、あんたの生き方を僕に強制しないで欲しい……」
「望んで欲しいんだ。俺はお前に望んで欲しい」
なんで。
なんで、そんなに必死な顔をしているんだ。
まるで愛の告白でもしているみたいに。
「はは」
ブライトルが背もたれに頭を預けて天を仰いだ。
「もどかしいな。これほど自分の立場を恨んだことはない。こうしている間にも、お前が誰かに取られるんじゃないかと気が気じゃない」
「ブライトル……」
「エドマンド、頼む。教えてくれ。お前は何で、まるで諦めたみたいに生きる?」
「諦めてなんか……。いや、僕は……」
ブライトルは僕を見つめるだけ。僕が何も言わなければ何の音もない。
荒い呼吸音が届いてしまいそうだ。
綺麗な青い瞳が僕だけを見ている。
光に反射する銀色の髪は、疲れに比例して少し乱れている。
胸が熱い。
そんなの、望んで欲しいのは僕の方だ。
ブライトルの言っている欲しいモノが、僕のことなんだとしたら。
そうしたら、嫌味も言えないくらいに嬉しいんだって分かっている。
ああ、そうだな。エドマンド・フィッツパトリック。
僕は、この人が好きでたまらないんだ。きっと気付いた瞬間から変わってしまっていた。心の底で望んでしまったんだ、この人と共にある、未来を――。
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