第18話 よく教師になろうと思ったな
寒さも厳しくなって、日によっては雪がチラつき始めた。
あと二十日もすれば冬の長期休暇だ。
イアンが編入してから二ヶ月ほどが過ぎた。
彼はあれから剣術の授業で僕以外のクラスメイトを見事に地面に沈めた。そのお陰でダンと仲良くなり、すでに親友のような関係に落ち着いている。
そして今、僕はイアンたちと一緒にランチを取っている。
イアン、ダン、ブライトル、僕、友人A/B/Cの七人で昼食を取るのが恒例になってしまったのだ。
何でかって? 理由は簡単だ。
一つ目は、僕がイアンに剣術で連勝していることで、最初の頃以上に彼に懐かれていることだ。うん、でも、これはいい。原作通りだから。
二つ目は、僕が彼に対して強く出られないことだ。
そこに爆速で気付いたブライトルが横やりを入れて、空気を読まないダンが面白そうにイアンの背中を押したことで、僕が押し負けたのだ。
必要以上に仲良くなるのはエドマンドとしては問題なんだけど、今後の情報収集ができるのはメリットでもある、と思うしかない。
イアンを特別扱いしていると思われるのは困るので、それとなく王女殿下からの依頼があったことは噂として流している。
今のところ原作通りのエピソードが起こっているし、きっと大丈夫なんだろう。
ただ、なんでブライトルまでいるのかは分からない。
僕の顔なんて見たくないんじゃないのか? イアンを気に入っているのは分かるけど、それにしても会う頻度が多い。
最初は監視でもしたいのかと思ったけどそういう素振りもないし、最近は普通に会話すらしてしまう。
時計塔でのこともあるし警戒はしているんだけど、本当に何なんだろう。
「もうすぐ長期休暇ですけど、ブライトル殿下は帰国されるのですか?」
恒例となってしまった昼食中、食後のコーヒーを飲みながらダンが口を開いた。
「今回はこちらに残ろうと思っているよ。ダンは何か予定があるのかい?」
「僕はほとんどが家の手伝いになる予定です」
「そうか、大変だね」
「ありがとうございます。将来しなければいけないことなので、苦ではないです」
「頑張ってね。……イアンは? どうするのかな?」
「俺は、俺、は……」
「イアン? どうした?」
「エ、エドマンド君! お願いがあるんだ……!」
様子のおかしいイアンにダンが声をかけた直後、急に僕の名前を呼んできた。食後のデザートを運んでいたスプーンをゆっくりと置いて無言で顔を上げる。
一緒に食事をしている以上、呼ばれたら反応くらいはする。
「なんだよ、イアン。いきなり驚くだろ。どうしたんだよ」
「俺、今度の試験に落ちたら休暇中に清掃しないといけんだ……」
「え? は? どういうことだ?」
「落ちたらって言ったかい? この学園は当落式の試験はなかったはずだけど……」
僕は三人のやり取りを一瞥して視線をデザートに戻す。今日はコーヒーゼリーだ。時間の都合上ソルベ系の物は出せないので、ゼリーやプリンがデザートになることが多い。
「俺、座学の点数が酷くて……」
「ああ、まあそうだな」
「そんなに酷いの?」
「特に歴史と第二、第三言語ですね。後は、数学と理科もよくないです」
「つまり、国語以外全部だね?」
「この間、第三言語で三点取っていましたね」
「そ、れは……困ったね」
流石のブライトルも驚いたような表情を見せた。これは絶対に「面白いなぁ」くらいに思っている。
「はい……。それで、余りに点数が酷いから、次の試験で六科目が平均の六割以上を取れなかったらペナルティだって言われて……。休暇中、学園の清掃しないといけないんです。だから、その、エドマンド君! お願い! 勉強、教えてくれないかな……?」
涙で潤んだ、零れそうに大きな目が僕を見つめる。テーブルについている全員も僕の反応を待っている。
こんな状況で断れるわけがないじゃないか。
もし点数が取れずに休暇中の訓練の時間が減ってしまったら困るのは僕の方だ。イアンには出来る限り最短で強くなってもらって、余裕を持って奪還作戦に挑んで欲しい。
それに、実はこれは原作通りのエピソードだったりもする。
イアンが勉強についていけなくなって、ダンとブライトルが助けるんだ。僕も巻き込まれることになっていたから、結果オーライではある。
「試験までの間、僕の家で夕食までの毎日三時間。絶対に休むなよ」
「エドマンド君! ありがとー!」
その日からイアンと一緒に帰って勉強をする日々が始まった。僕の中のエドマンドが自分の時間を犠牲にしてまで付き合いたくないと言うので、面倒を見るのは三時間に限定した。
空いた時間の内、夜はブライトルが、朝はダンが勉強を見ることになったらしい。
彼は素直に色々なことを吸収したけど、僕の方は長時間好きなキャラと同じ空間にいて役を保つというのが中々にメンタルを削った。
余計な事を言わないように注意すること約十日間。
詰め込みに詰め込んで、最低限の情報は彼の中に収まったようだった。
イアンは全くできないわけではなかったけど、そもそもの基礎学力が二年ほど遅れていたから大変だった。仕方なくプライマリーの最終学年の問題からやり直すことになったのだ。
ある程度は入園前に王城で勉強していたようだけど、それだけじゃどうにもならなかったようだ。
毎日、早朝から付き合わされたダンは疲れ切っていたし、あのブライトルでさえ苦笑していた。
「それで? 人の面倒ばかり見て、自分の勉強まで手は回ったのか?」
「誰に言っているんだ? 余裕だよ。ちゃんと、ある程度手を抜いた順位に落ち着いたさ」
テスト最終日に何となく静かな場所へ行きたくて、久しぶりに例のガゼボへ行った。
そこにはどこかで期待していた通りに彼がいて、いっそ慣れ親しんでしまった素の状態で本を読んでいた。
よく人が来ないなと感心してみれば、抜かりなくSPに人払いを命じているらしい。
学内で彼のSPを見たことはほとんどないので、王族のSPにも色々あるようだと知った。
「そう言うお前は相変わらず一位を取ったのか?」
「悪いか? 常に完璧であれと言うのがフィッツパトリックの教えだ」
「ふっ、はは! ほどほどって言葉を知らないよな」
楽しそうな声の後には、いつの間にかページを捲る音はしなくなった。
「なあ、何であんたはイアンを助けたんだ? 狙いは何だ?」
「彼が面白いからだよ。つい助けてしまった」
「おい、僕が聞いているのは」
「――研究のためさ」
「グロリアスの解明か」
「分かっているじゃないか。あれは未だにどんな能力を秘めているのか分からない。本当に伝説級のモクトスタだ。その能力が国の助けとなるのか驚異となるのか。観察する必要はあるだろ?」
ブライトルが本を閉じる。中々に分厚かったそれが、バタンと大きな音を立てた。
「あ、そうそう、長期休暇はお前の家に滞在するから。そのつもりでいてくれ」
「……は?」
「じゃあな、エドマンド。いい休日を過ごそう」
言いたいことだけ言うと、ブライトルはさっさとガゼボを後にした。
なお、イアンは全教科で平均弱の点数を取って、無事に清掃を免れたことをここに記しておく。
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