第12話 たかが笑顔一つで
ブライトルが帰った後は、急いで着替えてトレーニングの時間に充てた。以前は自主トレとして軽く流す程度だった時間だけど、イアンが現れたことにより予定を前倒しすることにした。昨日手配したコーチがさっそく庭で待ってくれているはずだ。
ニュドニアが勝って、さらに僕が生き残るための最優先事項は、二年後の地方都市奪還作戦に向けて強くなることだ。
どんなに未来を知っていても、原作に描写のなかった所は分からない。
例えば攻めてくるのは西の大国セイダルだけど、その内政に関しては詳しく描かれていなかった。どういう流れで攻め入ることになったのか、どんな会議が行われたのかなどは想像するしかないんだ。
だから、ひたすら情報収集をして可能なら強敵【アーチー・カメル】の出撃自体を阻止したい。――出来るだけこっそりと。
こっそり行う理由は色々あるけど、一番は未来が大きく変わるのが怖いからだ。
たかが子供一人の行動で、と思っていたのに、今は動けば動くほど環境が変わってしまう悪循環を生んでいる気がする。
ブライトルだけじゃなく、友人A/B/Cやクラスメイトもいい例だと思う。すでに変わってしまったことが吉と出るか凶と出るか。
なんて綱渡りな人生。死亡フラグが立っているから仕方ないんだけど。
そう言えば、こういうの何て言うんだっけ? 専門的な言葉があった気がするけど、珍しく思い出せなかった。
***
若くて優秀な体は想定以上にトレーニングの成果を出した。最初のコーチは二週間も経たずに「私に教えられることはここまでです」と満足そうに言った。
お陰様で次のコーチ捜しが難航している。声をかけても「私では力不足です」と断られ続けているのだ。
理由は、僕が確実にマスター昇格試験に合格できるだけの実力を付けたせいで、できることが限られてしまっているからだ。
当然のように使用しているけど、一般的にモクトスタの装備許可が下りるのは十五歳からだ。これ以上経験を積もうにも上を目指すことができない。
歯がゆく感じながらも次の手を考える毎日だ。
「エドマンド様! デートに誘わせてください!」
「断る」
そして、悩みは一つじゃない。
今まで挨拶程度しかしてこなかった生徒たちからやたらと話しかけられ、しかも何かと誘われることが増えた。
多いのは「勉強を教えてください」とか「一緒にトレーニングをしませんか」というものだ。今回ほど直球なのは珍しいけど、どちらにせよ全員から見事に下心が透けて見えて、内心呆気に取られている。
顔を思い出すのも癪だけど、ブライトルが言うように以前の僕と今の僕はかなり違ってしまっているらしい。
特に今日は多かった。
やっと昼休憩の時間になったけど、歩いているだけでこの調子だ。友人たちがいなかったらもっと酷かったかもしれない。
「エドマンド様、もしよかったらですが……」
傍から見ていてもうんざりしているのが伝わったのだろう。友人Aが外で食べることを提案してきた。
「サンドウィッチか」
「はい。このままレストランへ行っても同じことを繰り返すのではないかと思いました。中庭なら少しは人の気配が減るかと」
学生は基本的にレストランかテラスでしか食事をしない。一、二回なら目くらましになるかもしれない。
「――分かった、任せる」
「ありがとうございます!」
友人Aは音がしそうなほどの勢いで直立不動の姿勢を取った。
「では私がサンドウィッチの手配をします」
「私は普段通りにレストランへ向かい、人数分の料理をオーダーしておきます」
「私は中庭までお供して、ガゼボの人払いをします」
そうやって出来上がった無人の空間で、エドマンド人生初のサンドウィッチを食べている。
大口を開けなくても食べやすいサイズになっているし、挟まっているローストビーフは味わい深く野菜も新鮮だ。サンドウィッチと一言に言っても、生前僕が食べていた物とは明らかに別物だった。
味は申し分ない。外で食べることに多少の抵抗はあるけど、生前は公園でおにぎりを食べたりもしたので、気にしなければ気にならない。
唯一、足りるかどうかは少し不安だ。成長期の男子の胃袋を舐めてはいけない。いくら細身だと言っても運動量がすごいのだ。いつもは友人たちと変わらない量を胃に収めている。
そんな三人は今頃交代で食事を取って、この周辺に人が来ないようにしてくれているはずだ。礼を言いたい衝動をグッと堪える。
エドマンドなら彼らの頑張りに気付かないからだ。キャラクター説明に冷徹とあった理由が分かった。彼は感情を殺し過ぎて、周囲のことに気を回す余裕がなかったんだ。
「ふぅ」
自然とため息が落ちた。
友人Cが案内してくれたガゼボは中庭の奥まったところにあった。校舎の二階以上からは丸見えだけど、木々のお陰で中庭からの視線は遮ってくれる位置だ。
こんな風に一人きりになるのは初めてだった。エドマンドとしての意識を自覚して以来、ずっと誰かの視線を感じていた。寝ているときでさえ、たまに部屋の外から人の気配がすることがあるのだ。日本人の僕が疲れたと訴えている気がした。
せっかくもらった時間だ。たまには休むのもいいか。
僕は制服のまま、行儀悪く両手を上げて伸びをした。
「ぅ、ぅーん……!」
若いし、常にトレーニングをしている体が凝っていることはなかったけど、何だか気持ちがスッとした。
冬に向かって冷たくなってきた風と、強い日差しがちょうどいい。
そう言えばこの裏手には小さな池があったはずだ。
背中側の柵から身を乗り出した途端、僕は驚きに喉が締まるのが分かった。
「ブ、ライトル殿下……?」
つい小さな声で名前を呼んでいた。
ガゼボの裏手、燦燦と差す日差しを木々が遮る中、ふっくらとした芝生の上にブライトルが寝転がっていたのだ。
王族がこんな所で寝てていいのか!
学園内は確かに安全だし、彼ほどの実力があれば殺気にはすぐに気づくだろうけど、いくらなんでも無防備じゃないだろうか?
「寝てる……?」
しかも、彼は本当に眠っているようだ。そんなことあるか? あのブライトルが?
でも、体の下にご丁寧にショールを敷いている辺りに、用意周到さを感じる。
「なにしてんだ、この人……」
警戒心が強いのか緩いのか分からない。
どうしたらいいのか分からず何となく見ていると、目の端をチラチラと何かが横切った。
「蝶?」
暖かさに誘われたのだろうか、季節外れの蝶が飛び回ってブライトルの髪を足場に決めたようだ。パタリ、パタリと羽が揺れる。
「……あ、バタフライエフェクトか」
急に脳裏にこの前探し求めていた答えが蘇る。思い出せてとても満足した。固い口角が上がる。
「何、人の顔見て笑ってるんだよ、気持ち悪いな」
「……マヌケな寝顔だと思ってたところだ」
起きれば相変わらずの憎まれ口だ。眠っていれば少しは見られるのに、本当に性格悪いなこの人。
ブライトルが起き上がって、思い切り顔を背ける。僕も正面を向いて座り直した。
気付けばさっきの蝶はどこかへ飛んで行ってしまっていた。
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