第12話「錆びついた時計の針:①」

 夢と英子はまたいつものように一緒に帰宅していた。そろそろ肌寒くなる時期だった。ほんの少し前まではまだまだ残暑が激しいと言われていたのに、彼岸を過ぎてからはめっきり気温が下がってしまって涼しくなった。二人は部活動には特に所属していなかったので、だいたいの放課後は二人で一緒に帰っている。ここ最近はさらに寄り道をしたりして、勉強をしたり遊んで帰ったりするような仲になっていた。

「それでね、今日はちょっと商店街の方に寄り道しようかと思いまして。」英子が弾むような声音で言った。

「商店街って、線路向こう側の駅前商店街のこと?」

「その通り!」夢の疑問に対して、英子はやや大げさな身振りで答えて見せる。まるで何かのクイズ番組の司会のようだ。


「今回はちょっとした目的があるんですよね~。」

「目的?」

「そう!今ちょうど、古本市をやってるんだよ!本好きとしては見逃せないよねって。」英子は楽しそうにくるくる回って見せた。

「へぇ、あそこの商店街、そんなのやってたんだ。」

「まぁ商店街でっていうか、商店街が主催でって感じ?あそこのちょっと広い歩道にワゴンショップがたくさん並ぶんだよね。古本屋自体はいろんなところに点在してるんだけど、それが古本市の期間中だけ出張セールをやってくれるんだよね。自分で回る手間が省けて嬉しくなっちゃう!しかもものすごく安いの。」英子が

 嬉々として語り始めた。この天真爛漫な友人が大の読書好きらしいということを、夢はこの時初めて知った。


「学校ではそんな素振り、全く見せなかったのに。」夢が純粋な驚きを口に出す。

「そりゃまぁ、ね。中学校だと、本好きって何かと浮きやすいでしょ?なんとなくさ、学校だと読む気にならなくて。」英子が取り繕うように理由を明かした。

 夢には少しだけわかるような気がした。引っ越してくる前に通っていた学校でも、芸術だとか舞台鑑賞なんかになると、途端に冷笑するような反応をする子が多かった。夢は本と言うよりは音楽だったけど、クラシック音楽を好んで聴くと打ち明けた時には、年寄りの趣味だと笑われることすらあった。

「なんか、わかるなぁ。」夢は思わずつぶやいた。

「ほんとに?」

「うん。私も、クラシック音楽が好きなのに、笑われるから誰にも話したくなくて。」夢が打ち明けると、英子はひと際嬉しそうに笑った。

「うんうん!私には話せるってことだよね?じゃあお互いに秘密の共有をしたってわけ?」

「うん、まぁ、そうなるのかな。」夢は少しだけ照れ臭かった。妙に大人びているこの友人は、時々ものすごく無邪気に見える。それがなんだかまぶしいようだ。

「古本市にはCDの出品もあるんだよ?レコードもあるし。それも一緒に見て回ろ!」


 ―いしや~きいも~おいも

 商店街に着くと、どこからか焼き芋屋台の音楽が聞こえてくる。二人は顔を見合わせた。そういえば学校が終わってから、今日は何も買い食いをしていなかった。部活動をしていないとはいえ中学生の二人だ。学校が終わってから夕飯までの時間を、何も食べずにいられるわけがなかった。

「買いに行こ!」英子が夢の手を掴んで引っ張った。なんだか最近、友達がより一層明るくなったように見えて、夢は少しだけ嬉しくなった。

 焼き芋を買いに屋台へ行くと、すでに先約のおばあさんがいた。杖を突いて屋台の前に立っている。背が少し低いせいなのか店主はおばあさんには気が付いていない。


「こんにちは、先に焼き芋を買われますか?」夢は思い切っておばあさんに話しかけてみる。

「あぁ、えぇ。買いたいわねぇ。あ、そうだ。私の代わりに買ってくださらない?お嬢さんなら大丈夫だと思うから。……はい、これお代金。」おばあさんは夢にお金を渡した。

 夢は少し困惑しつつも、人助けと思って代わりに買ってあげることにした。屋台の上には焼き芋が5つ並んでいる。夢と英子で一つずつなら残りは3つだ。

「私と英子も買いたいので、残りは3つになりますけど大丈夫ですか?」

「えぇ、もちろんよ。私と旦那で一本ずつ。それでも少し多いぐらいだもの。2本だけで構わないわ。」

「分かりました。……すみません!」夢は店主んい声をかける。

「あいよ~。」

「えっと、まず。」

「そのお金で4つ買ってもいいわよ。」

「え?」おばあさんの言葉に困惑する夢。

「ほんとにいいんですか?」静観していた英子もさすがに会話に入ってきた。

「えぇ、お駄賃ね。」おばあさんがにこやかにうなずく。


「お嬢さんたち、いくつにするんだい?」店主がしびれを切らして声をかける。

「あ、えっと、焼き芋4つください。」意を決して夢が答える。

「あいよ。……と、いっぱい買ってくれたから一本おまけね。」

「え!いいんですか?」英子が驚きの声をあげる。

「うん。きりよく次のを焼きたいんだ。むしろ、もらってくれるといいんだがね。」おじさんがにかっと笑いながら同意する。

「わーい!焼き芋大好き!ありがとうございます!」英子が思いっきり喜んでいる。また新たな一面を知ってしまったなと夢は思った。

「あ、2個と3個で分けてもらってもいいですか?」

「同じ袋に5つでいいわよ。私の家はすぐそこだもの。お茶でも飲んでいきなさい?」おばあさんが夢の言葉にかぶせて答える。

「あ、全部一緒でお願いします。」今度は英子がおじさんに伝える。英子はいつも思い切りがいいなと、夢は密かに感心していた。


「あいよ。……さ、どうぞ。また機会があったら買いに来なよ!」おじさんはとても嬉しそうに笑っている。

 夢は焼き芋が5本入った紙袋を受け取って、英子に目配せをした。英子はいつの間にかおばあさんの隣に立っている。手を貸すつもりなのだなと夢は思った。

「おじさんありがとうございます!」二人は焼き芋屋台のおじさんにお礼を言うと、おばあさんと一緒にその場を後にした。

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