U99

山の下馳夫

第1話『新生法』

「本当に、東京だ……」

 誰にも聞こえないよう、駅の喧騒で掻き消える程度の音量で呟いた。老人しかいない限界集落の故郷と違い、王子駅のホームは若者に溢れている。

(信じられない)

 今度は、本当に頭の中でだけ呟いた。これから先は、どうあっても自分の正体を悟られるわけにはいかない。

 駅にひしめく若者たちの姿を見て感情が高ぶりそうになったが、彼らはむしろ、村の小さな商店や集会場に集まる老人たちよりも、内面は老成しているのである。

 すれ違う妙齢の姿の美女たちの集団にたじろぎながらも、改札へと向かう。自分が生まれた年、すなわち平成23(2011)年に実用化された『新生法』の効果を実感する。最新科学によって確立した『若返りの法』、テレビに映る政治家や学者など、映像を通しては何度も見ていたものの、実際に実物がこれだけひしめいていると不思議な感覚だ。

「初めまして、神道盈しんとうみつる先生ですね」

 マイナンバー連携済みのICカードにより無事改札を通り抜けると、待ち合わせをした不動産業者が待っていた。ホームにいた美女たちも群馬の寒村から抜け出た身としては刺激的だったが、この人は特に凄まじい……端的に言えば本来高校生の年齢である我が身にとって、非常に目に毒な姿をしていた。

「初めまして、渋沢さん。今日からよろしくお願いします」

 挙動に軽薄さが出ないよう、落ち着いて頭を下げる。彼女の美貌や肉体の凹凸に目を留めないようにするのにはかなりの精神力が必要だった。

「そんなに畏まらないで下さい、先生。鍵は用意しておりますので、このまま現地へ参りましょう」

 可憐な案内人に伴われて、初めて東京の街に降り立った。乱立するビルに様々な商業施設、歩く人々の姿は若く、杖をついた老人も、電動車椅子に乗る老人もいない――

「このあたりも様変わりしましたね」

 東京に初めて来た事を隠すため、周囲を見渡すときは、さも記憶と対照しているかのように振舞った。

「そうですねこの北区は『新東京特区』、いわゆる旧東京23区エリアでは最も開発が遅延している街ではありますが、先生が王子駅をご利用されていたのは平成4年頃までと聞き及んでおります。それから考えれば劇的に変化したものですが……」

 『新東京特区』――、選ばれた人間しか居住できないエリアにあって、不動産管理を担当するためには、他の地域のとはまた別種の資格が必要とされる。どう見ても20代にしか見えない渋沢とて、やはり中身はこの街に相応しく成熟しているのであろう。

 渋沢の内面と外面のアンバランスさを突き付けられて、多少動揺したものの、こういう状況は、すでに故郷で想定してきた。

「……あの時は北とぴあができたばかりで、都内にしては空が広かったものだけど」

 練習通り、さも記憶を引き出し、懐かしむような演技をする。

 認知症になった老人とて、若いころの記憶は明確に思い出せるものだ。となれば肉体を活性化し、体は16歳となった神道盈であれば、むしろ滔々と語った方が違和感はないだろう。

「北とぴあ《ほくとぴあ》も改装を経て健在ではありますが、すでに区内では4番目の高さになってしまいましたからね……、『新生法しんせいほう』の効果は凄まじいものです」

 渋沢が評したように、『新生法』が施行されてからの日本の発展は凄まじいものがあった。

 斜陽にあった日本社会を文字通り建て直した『新しい生を授ける療法』と、『新しい生を与える法律』、それらは現在、『新生法』と総称されている。前者は、寿命が尽きてない状態であれば、意識や記憶、経験はそのまま胎児の状態まで若返らせることを可能とし、後者は、その若返りに適した人間を選別するための法律である。

 国家への貢献度を国が判定し、優秀な人間を若返らせる……、すなわち、努力し、日本という国家の発展に寄与すれば、文字通りの第二、第三の生が手に入る世の中となった。となれば『新生法』の恩恵を受け、既に第二の生を送る者も、今まさに最初の青春を送る者も、自然と順法と道徳的な生き方を心掛けるわけである。

「そうですね、本当に『新生法』のおかげで、再びここに立てた」

 立ち並ぶビルの威容を眺めながら、渋沢に返答した。

 新東京特区は『新生法』の恩恵を受けた人間が優先して住むことのできる国家戦略特区となり、特例を除き『新生法』を受けた者、二回目・三回目の人生を生きる者のみが居住できる区域となっていた。祖父の存在そのものを借用せねば立ち入ることすら出来なかった世界である。

 駅から新居までの道のりも、本来なら未知のものである。興奮を抑えるのに必死であったが、微笑を絶やさなかったと伝え聞く祖父らしく振舞うのであれば、多少笑みがこぼれたとしても問題ないだろう。

「なかなか趣がありますね」

 駅から徒歩約10分で目的地に到着する。若く美しい姿の先導者とは対照的にこれから住むアパートは古めかしかった。映像で学んできた昭和の色を感じさせる共同住宅だ。とはいえ、祖父であればこの古色を嫌うことはあるまい。自らのセリフに好意を乗せるつもりで発声した。

「気を遣わせて申し訳ありません、すぐに用意できたものがこれしかなくて、とはいえ水回りは改修済みですので、生活に不便はないとは思うのですが」

 申し訳なさそうな表情で彼女は新居の説明をした。人生において若い女性とのかかわりが殆どなかった身としては、こちらをのぞき込んでくるような所作さえ蠱惑的に感じられたが、なんとか平静を装い言葉を紡いだ。

「まさか、自分自身がリノベーションしているのに、住処は新築でなければダメとは言いませんよ」

 『新生法』により若返った身を自虐する台詞を吐いた。おそらく祖父ならばこういう冗談を言うはずだ。

「お気遣いありがとうございます、よくその逆で、せっかく若返ったのだから新築に住みたいという方も多くて……」

 大家の破顔を引き出し、内心安堵する。そのまま友好的な雰囲気を保ちつつ、風呂のお湯のはり方や、ゴミの出し方など、基本的な住居の説明を受けることとなった。説明は丁寧で、部屋の中で、一人で荷解きをするまでには、それなりの時間を要した。

「本当に、東京だ……」

 誰もいない部屋で、ふと自分に戻る。

 古ぼけた窓から見る新東京特区の景色に対し、本来の自分、神道駆しんとうかけるとして素直な意見を紡いだ。数時間とはいえ、直に東京を経験しながらも、口を衝いたのは、王子駅のホームで呟いた言葉と同じだった。

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