第29話 マセガキは決意する

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ? ――はい。それは女王様です」


 今日は保育園での読み聞かせだ。そららは子供たちの前で白雪姫を朗読していたのだが……


「美貌を磨き続けるお姿はまさに完璧! しわひとつ許さない覚悟にわたし感激!」


 ……?


「美魔女の鑑! 映すよ鏡! セイ ホ~~~ッ!」


 ……??


「ノリノリな鏡のラップにより、悪い女王様は大満足、白雪姫は幸せに暮らしましたとさ。……めでたしめでたし」


 最近の絵本ってそういうノリなの?


 さすが令和だ。……平成生まれはついていけないよ。


「そららおねーちゃん! ちゃんと読んでよ!!」

「えへへ、ばれたかぁ。それじゃあみんなで一緒に言ってね! セイ ホ~~~ッ!」

「ほ~~~っ……?」


 困惑しながらついていく園児達が健気過ぎる。それも含めてそららのカリスマ性なのかもしれないけど……あれでいいのか?


「そらら……いつも通りね」


 隣で見守っていた奈那も困惑している。まぁ誰でも困惑するわ、あんなの。


 保育園に向かうそららは、怖いほどいつも通りだった。


 奈那と合流すると『ご心配をおかけしてすみません』と謝ると、すぐに笑顔になり、話題を変えてしまった。


「――でも、モヤモヤする」

「……ええ、私も気持ち悪いわ。こんな表面的な関係……いやだもの」


 奈那はそららを厳しい表情で見つめる。


 パンケーキ屋で『私の手を取ってくれる?』と奈那に聞かれたが、返事はできていないまま。


 気まずさもあるけど、部活を存続させることが俺たちの目標だ。


 しあわせ新聞部さえ続けば、どちらかを選んで、もう一方を斬り捨てる……ということは起こらない。


「――さぁみんな! 今度はななおねーちゃんとセイ ホ~~~ッ! しよっか!」

「え????」


 奈那の涼しげな顔が崩れる。


「さぁみんな! 一緒に呼ぼう! せーの、ななおねーちゃーん!」

「ななおねーちゃーん!」


 子供たちの声が明るく響く。これには抗えない。


「……」

「呼ばれてるよ? 奈那」


 頬を赤く染めた奈那にキッと睨まれる。獲物を睨む蛇のようだ。怖い。


「……明兎、後で覚えておきなさいよ……」

「そんな悪役っぽい台詞を……」

「誰が悪役令嬢キャラですって?」

「聴覚どうなってんだ?」


 また「ななおねーちゃーん!」と呼ばれたので。「……は~い」と小さく返事をしながら、奈那は俺の隣を離れた。


 保育園での奈那はいつもギャップのある姿を見せてくれて可愛い。一方そららは頼れるお姉さんといった感じで尊敬できる。


 なんだろうな、子供と遊ぶ美少女って最高にマイナスイオン発してるよな。森の奥にある滝みたいな存在だと思う。


 もっと癒されたいから近くでクンクンしようかな? 奈那にはぶん殴られるだろうし、そららも怒るだろうなぁ、添い寝の前とか絶対お風呂入ってくるし……。


「おい! アキオ!」


 真っ赤な顔で「セイ ホ~~~ッ!」している奈那を見ていたら威勢のいい声。見ると年長くらいの男の子が仁王立ちで俺を睨みつけていた。


「俺はアキオじゃなくて、アキトな」


 前回保育園に来た時に『そららと結婚する』とか言ってたマセガキじゃないか。


「そららおねーちゃんの所に行かなくていいのか?」

「アキオに用がある!」


 なんだ? そららを賭けて決闘か?


「今日、そらら元気ない。 アキオ、なんかしたのか!」

「俺はなにもしてないよ。なんでそう思ったの?」

「お話してるとき、なんか痛そうだ」

「……痛そう、か」


 今のそららは義務感でここに居る。前回とは子供に接する気持ちが全然違うだろう。


 ……けど、表面上は分からないと思っていた。


「お母さんが怒った後にする顔にそっくりだ」

「怒った後の顔?」

「ごめんねって言う時の、痛そうな顔にそっくり!」


 この子のお母さんも、悩みが絶えないのだろうな……。なにかできることがあればいいけど。


「……なんて、思考がそららに似てきたかもな」


 そららに出会う前は自分のことに精一杯で、他人の幸せまで気にすることはなかった。


 いつからこんな風に考えるようになったのだろう。


「アキオ?」


 マセガキが不安そうに呼びかけてきた。


「……ごめん、なんでもないよ。そららおねーちゃんは最近元気がないんだ。このままじゃ保育園にも来れなくなるかもしれない」

「そららが来ないのはやだ!」

「うん。俺も、これからも保育園に来たいと思って――」

「アキオは来なくていい!」

「……」


 ……子供の言うことだ。怒るなよ。


「そららおねーちゃんが元気になってくれるようにがんばるからさ、また来るよ、……3人で」


 自分に誓う意志を込めて、マセガキに約束をする。


「俺もそららのためになにかする!!」


 マセガキが拳を握って、力強く宣言した。多分、戦隊モノかなにかのポーズだろう。この前も見た仕草だ。


「そららが元気になってくれるように、いろいろ考える!」


 幼い言葉では表しきれない感情が溢れ出すように、手を大きく動かしながらアイディア

を話しだす。


 俺はそれを見ながら口元が緩みそうになるのを、必死に堪えた。


「……そっか。そららおねーちゃんもきっと喜ぶと思うよ」

「任せろ。俺はそららと結婚するからな!」


 マセガキは歯を見せながら、無邪気に笑った。


 そららの思いは、優しさは――ちゃんと子供たちに届いている。


 それでも、彼女は自分の行いの価値を信じられていない。……こんな悔しいことが、有るだろうか。


「明兎。読み聞かせ交代して」


 奈那が俺の横に立つ。子供の前では笑顔だったのに――今は暗く強張った顔をしていた。


「浮かない顔してるけど、どうかした?」

「どうもしてないわ。――どうかするのは、これからよ」


 子供達の前に居るそららが、俺をみてにこりと笑った。早くこっちに来いと言いたいのだろう。


 それを見た奈那が、俺の背をポンと叩く。


 俺は勢いに押されるまま、ふらつきながら1歩前に出る。


「これが終わったら、そららと2人で話しをするから。その後のことは――任せるわよ」


 気丈に振舞おうとする声が後ろから聞こえる。


 いま、奈那がどんな顔をしているのか――振り返って確認する気には、ならなかった。



――


あとがき


間違って完結済みにしてしまいましたが、物語は続きます。


お騒がせしてすみません。

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