第16話 空気はカロリー0
「そうなんだ。今日も結局誰とも喋らなくて……」
「私と喋ってるじゃないですか! 大丈夫ですよ石井くん。学校に毎日来てるだけでも凄い! 朝起きれるだけでもえらいんです!」
「そうかな……。あはは……」
昼休みの全肯定ラジオは好評で、しあわせ新聞部に相談をしたいというメッセージが複数届いた。
それから数日が経ち、毎日くる常連男子の石井とそららは話している。
「あまり良くないと思うわ……この状況」
放課後の空き教室。窓際の机に座った奈那は、ピーチジュース片手にポッキーをつまんでいた。
「カロリーの心配ならごもっとも」
俺はいつも通りレモンティーを嗜む。
さすがにその組み合わせはどうかと思う……って、すごい睨まれてる。
「……あなた、セクハラはやめなさいと言ってるでしょう? ただでさえ空気みたいなんだから、せめて吸いやすい酸素でいなさい。人を害する一酸化炭素になるなら、換気扇から追い出すわよ」
「空気の挽肉になるじゃん、やめて」
空気を見るように……いや、可哀想なものを見るように俺を見ていた奈那は、その視線をそららに移す。
「石井くん……友達を作りたいってことで相談に乗ってたけど……今はただ空良に会いたいだけって気がするわ」
「はぁ……またかよ……。多いよな、相談とか言ってナンパにくるやつら」
「あなたがSNSにメイド服の写真を載せるからでしょ?」
「一応活動実績を載せるって名目もあるんだよ……。地域密着型の喫茶店で住民と交流的な」
自分で言っておいて後付け感が凄い。
それでも保育園での読み聞かせの予定も含めて活動報告として認められ、同時にラジオ放送を利用する許可が下りた。
「それより、石井くんをどうするかだよ」
「追い出してもいいんだけど……相談は相談だし、微妙なラインね」
「そららは嫌がるだろうなぁ」
ナンパ目的なら、俺と奈那で追い出すけど、悩んでるのも本当だしなぁ。
「でも、あのままじゃよくないわ。相談することがなくなれば空良と話す理由がなくなる――だから、彼は本気で解決しなくなる」
「なんの意味もないな、それ」
「ええ、依存は停滞を生むわ。空良はそのことに、気が付いていないのかしら。……それとも――」
そこで珍しく、奈那は口ごもる。
――皆を幸せにする。それだけがそららの願いじゃない。
彼女は聖人じゃない、人に優しいけれど、人並み以上に弱い女の子だ。
だから、そららの〝願い〟の、悪い面が出てしまっているのかもしれない――
石井が楽しそうに笑う。彼が最初にここを訪れた時は、石膏で作ったのかと思うくらい表情が変わらなかった。
それが今ではだいぶ明るい表情をするようになった。そのことに空良は手ごたえを感じているし、俺も嬉しく思っている。
けど、嬉しいだけじゃ、意味がない。
「……物事が停滞しているなら、動くきっかけを作ればいいのか?」
「どういうこと?」
「まだアイディアは浮かんでないんだけどさ、友達が欲しいなら……そのきっかけになる何かを俺たちが準備できたらいいなって思って……。目の前に欲しいものがあれば、さすがに掴みに行こうとするんじゃないかな」
「それでも動かなければ?」
「その時は……厳しさも必要ってことだ」
俺の話をじっと聞いていた奈那は、思案顔でピーチジュースに口をつける。
コクリと可愛らしく喉を鳴らすと、彼女の視線は再び俺に向いた。
「……いいんじゃない。あとは、そのアイディアね」
「例えばあおとり新聞を通して人を結びつける何かを作るとか……。まだふわっとしてるからさ、イメージができたら話すよ。奈那も協力してくれる?」
「もちろんよ。空気な明兎の考えた案だと、ふわっと空中分解してしまいそうだもの」
「……その無駄に回る頭と口が、心強いよ」
挽肉の次は空中分解か、空気のハンバーグでも作るつもりか? それは――
「カロリーオフで奈那にも優しいな」
「……脈絡もデリカシーもない発言はやめてくれる? ほんと、掴みどころのないところだけが取り柄よね、空気だから当然だけど」
……どんだけ空気いじり好きなんだ? もしかしてずっと俺のこと考えてくれてる系女子かな?
きゅんです(死語)
「……奈那ってさ、もしかして人とのコミュニケーションを脳内で延々とシュミレーションしちゃうタイプ?」
「…………」
奈那の咥えていたポッキーが砕けた。表情は変わらず、なのに少し目が潤んでいる様な……いや、ほのかに頬も赤い……?
「……なにか、言った、かしら?」
極寒の声。換気扇に詰め込まれた自分を幻視して、思わず震えてしまった。
「……ごめん、なんでもない。今のは忘れて」
「忘れるのはあなたよ」
バラバラに零れ落ちたポッキーを集めながら奈那は言う。
重い空気の中で、彼女はごみをティッシュに包んで席を立った。
地雷を踏むと生きた心地がしない。コミュ障あるあるは奈那にも俺にも効きすぎる。
「でも意外ね、あなたが人のためにそこまでするなんて。他人には興味がないと思ってたのに」
ティッシュを捨ててきた奈那は、席に戻ると、何事もなかったかのように話を戻した。
ゴミと一緒に記憶も捨ててきたのだろうか? 助かる。
「俺も成長したいんだよ。もう空気って言われないくらいには」
その言葉の真意を探るように、じっと俺のことを見つめていた奈那は、少しの間を置いてフッと唇をほころばせる。
「……残念ね。私はまだまだ、いじりたりないのだけれど」
そう言いながらも、彼女の目は優しかった。
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