第2話 神通力少女 meets 陽キャアイドル

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……。

(あーー、この鐘の音がまさにそうよね)

 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人久しからず、ただ春の夜の

 夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

(確かに人間なんて宇宙や地球スケールから見れば塵程度の存在かもなぁ)

壁掛け型の古びたスピーカーが奏でる朝の予鈴のチャイム音を聴きながら、窓際の一番後ろの席で鬱な気分になっているわたし、木花友梨奈。

教室の中は、まだ自分の席に戻らずに集まって自分たちの推しの話で盛り上がってる女子のグループや教室の後ろでプロレス技のスリーパーホールドを決めたりしてじゃれあってる男子達、慌てて教室に駆け込んで来て、ゼーゼー息が上がってる様子が呼吸困難で死ぬんじゃないかレベルの生徒がいたりしてあちこちで騒がしい。

まぁ朝の教室なんていつも似たような雰囲気ではあるのだが、なんか今日はいつもよりもさらに騒々しい感じがする。


「ねぇ、あなた『木花友梨奈』さん、だよね?」

急に背後から息がかかるぐらい耳元の近くで囁かれて、ビックリして机と一緒に軽く飛び上がり、ガタタタン、と大きなノイズを不本意にも発生させてしまった。

地味に目立たず『普通』な人で過ごそうとしている友梨奈にとってあり得ない事故。

案の定、周りの生徒たちが何事かと不審げな顔を友梨奈のほうに向けている。

自慢じゃないが、耳元なんて至近距離で親しげに話しかけてくる友達や知り合いは校内にいない。

なので、あまりに想定外の出来事に対して動転してそんな大きなリアクションになってしまったのはやむを得ない事態だ。

振り向いて確認すると、これまた全く想定していなかった人物、隣のクラスの有名人が友梨奈の背後に立っていた。

クラスの連中がいつもより騒々しかったのはこいつが教室に入って来たせいか。

中瀬麻由なかせまゆ、先月隣のクラスにやって来た転校生だ。

憎たらしいくらいの艶髪さらさらストレートのロングヘア(わたしは癖っ毛のショート)、手足が長いスラッとしたモデルみたいな長身、しかも誰もが振り返って二度見、三度見するレベルの美少女。

あっという間に学年で知らない生徒はいないくらい有名になっていた。

社交性ゼロの友梨奈が知ってるくらいだから、その有名っぷりがうかがえる。

ムカつくことに(さっきから個人的な僻みが入りすぎだけど)噂だと見かけだけじゃなく、勉強もスポーツも出来るらしい。

こういう神様が明らかに贔屓にしている子が世の中には存在している。

でも陰キャでコミュ障な友梨奈にこんな派手キャラが一体何の用なのだろうか。

「……そ、そ、そうだけど、何? あなた誰?」

学校では声を出さなさ過ぎて、上手く発声出来なくてちょっと咳き込んだ感じになった上に、誰かは分かっていたのに、動揺して最初に聞くべき質問も間違えてしまった。

「わたし、隣のクラスの中瀬麻由。一応初めまして」

ぺこりと頭を下げて綺羅キラの笑顔を友梨奈に向けてくる。

(一応? こんな派手キャラ一度会ったら絶対忘れないし、確実に初対面よ。それとも自分が有名人だからって全校生徒が知ってる前提?)

「初め……まして……。わたしに何か用?」

「ちょっと話したいことがあって。今日の放課後時間無い?」

(まさかこれって校舎裏とかに呼び出されて彼女の親衛隊に囲まれてシメられる的な展開?)

今日は朝から予鈴のチャイムが不吉な響きをしてると思ったら案の定だ。

その時始業のチャイムが鳴った。

他人と話すのが久しぶり過ぎて心臓バクバクで変なことを口走りそうだったので、友梨奈にとっては救いの音色だった。

さっきは不吉とか言ってごめんなさい、と心の中で謝った。

「あ、それじゃ帰りに校門のとこで待ってるから。よろしく木花さん」

クラス中の注目を浴びながら中瀬麻由がサラサラロングヘアをなびかせて教室から去って行った。

友梨奈に大きな不安とクラスの連中には大きな疑念を残して。

特に男子連中が友梨奈を怪訝な顔でチラチラ見ている。

(わたしもその顔をしたい側だっつーの。なんだってあんな派手キャラがわたしのところに……)

友梨奈は朝のワイドショーの占いで牡羊座が12位だったことを思い出した。


夕方ホームルームが終わって、とうとう友梨奈の運命の時がやって来た。

(このまま教室に残ってすっぽかすか……。でも長く教室にいると中瀬麻由のことでわたしになにか聞いて来るクラスメイトが出てくるかも……)

そのシーンを想像して恐怖で背中がゾクゾクした。

普段なら友梨奈に話しかけてくる猛者はクラスにはいないはずだが、中瀬麻由と知り合いになるためなら思い切るかもしれない。それはそれでかなり扱いが面倒臭い。思い込みが強い分、彼女の事は何も知らないと言ってもどうせ信じてくれないだろう。

普段他人と会話していない友梨奈はしどろもどろになってしまう可能性大だ。

結局ネガティブなケースの想像ばかりで、この非常事態に対して良い考えは何も浮かばず、諦めて普段通り教室を出る友梨奈。

ただあの時はいきなり背後から来られて動揺してカッとしたが、冷静になった後になんとなく分かったのは、中瀬麻由が耳元で囁くように話しかけたのは、別に友梨奈を驚かせるためじゃなく、周りに会話内容を聞かれないようにするのと、友梨奈がいつものようにボソボソ小声で話しても会話がちゃんと成立するためだったんじゃないか?ということだ。

友梨奈を教室で驚かせても彼女にはメリットは無いし、そんな反応を見て喜ぶような性悪な性格だったら学年で人気者として有名になっていないに違いない。

校舎を出て校門に向かうと、下校中の生徒からいちいち注目を浴びながら、人だかりの中で校門のそばに立っている中瀬麻由が視界に入って来た。あの人目が多い場に自ら突っ込んでいくのは気が重すぎる……。

「木花さん!」

キラキラした笑顔で名前を呼ばれると同性でもちょっとドキドキする。

朝からクラスの男子どもが盛っていたのもわからないでも無い。

とはいえ、今の友梨奈のドキドキは、他人の目が多すぎることから来るものが80%は占めていた。

「時間取ってくれてありがとう。どうしてもあなたと話したかったの」

友梨奈の耳元で話す麻由。今度も会話が周りに聞こえないように気を遣っているようだ。

なんか校舎裏でシメられる展開になる雰囲気は全く無さげでホッとしたが、この子が自分に何の用があるのか未だに全く想像できない……。

手のひらを胸の前で重ねて、俯き加減でちらちらと友梨奈の顔を見ながら、ちょっと言いにくそうに切り出す麻由。

「……人目が無いところがいいんだけど……あなたの家に行っていい?」

(え? 人目が無いとこって、やっぱシメられる? ってか初対面で普通いきなり家に来る?)

そもそも自慢じゃ無いが友梨奈は知り合いを家に呼んだことなんて過去一度も無い……。

そういえば昔勝手に家に来た亡霊の男の子はいたから、生身の人間では初ってことで。こんな話題持ってるから、ゲゲゲの友梨奈とか、トイレの友梨奈さんとか言われてしまうのだが。

とにかくいろいろどう対処していいのか脳がバグって友梨奈は処理不能に陥っていた。

結局明確に断ることも出来ず、なんとなく二人で友梨奈の家に向かう展開になってしまった。

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