ちりんちりん。

@funyra

第1話

昭和の面影が色濃く残る、地方の都心部。高層マンションが立ち並ぶ中にぽつりと残された、築うん十年の木造建築が、おじいさんとおばあさんの営む**自転車屋「丸山サイクル」**だ。

店の入り口の引き戸をガラガラと開けると、まず目に飛び込むのは、埃をかぶった無数の自転車たち。そして、その奥から聞こえてくるのは、店内の軒先につるされた風鈴の涼やかな音と、時代物の扇風機が首を振る「ゴー」という重たい風切り音。

「いらっしゃい」

カウンターの奥で、おばあさんが分厚い老眼鏡をかけて、図書館で借りてきたであろう文庫本を読んでいる。読み飽きたのか、時折、パタリと本を閉じ、店の奥に視線を送る。

その視線の先には、座敷で腹を出して寝転がるおじいさんの姿。

「おじいさん、お客さん来たよ」

声をかけても返事はなく、聞こえてくるのは「ぐー」という穏やかな寝息だけ。

「まったく、しょうがないねぇ」

おばあさんは小さくため息をつくと、また静かに本を開く。

そんな二人の営む丸山サイクルには、自転車の修理を頼む近所の子どもたちや、昔からのなじみ客がひっきりなしにやってくる。

錆びた自転車を慣れた手つきで修理するおじいさんと、その傍らで「あんたももうそんな年になったのかい」と世間話に花を咲かせるおばあさん。

新しいものが次々と生まれては消えていく時代の中で、二人の営む丸山サイクルだけは、いつまでも変わらぬ時を刻み続けている。



第一話:突然の来客者

おばあさんが文庫本を読みながらうつらうつらとし始めた頃、ガラガラと引き戸が勢いよく開いた。いつもとは違う、軽やかで少し高い音。

「すいませーん!」

現れたのは、色鮮やかなリュックを背負った若い女性だった。おばあさんはびっくりしてメガネを押し上げ、目を丸くする。

「あら、いらっしゃい。何か用かい?」

「はい!ちょっと自転車の調子が悪くて……。この辺に自転車屋さんがあるって聞いて、探してたんです!」

女性は少し息を切らしながら、店の外に止めてある、ピカピカに磨かれたスポーツバイクを指差した。

「ああ、そりゃまた立派な自転車だねぇ。こりゃ、うちにある自転車のどれよりも高いんじゃないかねぇ」

おばあさんは感心したようにそう言うと、奥で寝ているおじいさんに目を向けた。

「おじいさん、起きなさい。お客さんだよ」

返事はない。

「全く、しょうがないねぇ」

おばあさんはそう言うと、カウンターから出て、女性の自転車の前に立った。

「どれどれ、ちょっと見せてもらおうかね」

しかし、おばあさんは自転車を直す技術があるわけではない。昔、パンク修理くらいは手伝ったことはあるが、最近のスポーツバイクの複雑な構造は全くわからない。

「あの、おばあさん…」

女性が不安そうに声をかけると、おばあさんはにっこりと笑って、再び奥のおじいさんに大声で呼びかけた。

「おじいさん!あんた、起きないと美味しいお饅頭、食べさせないからね!」

その瞬間、座敷から「うぐっ」という苦しそうな声が聞こえ、もぞもぞと布団が動き始めた。そして、ぼさぼさの髪を掻きむしりながら、おじいさんがゆっくりと体を起こした。

「ん…うるさいなぁ、もう。饅頭は本当かね?」

おじいさんはそう言うと、まだ半分眠った目で、若い女性とそのスポーツバイクをぼんやりと眺めた。そして、その表情が、さっきまでの眠たげなものから、職人のそれへと一瞬で変わった。

「ほう…こりゃまた、いい自転車だ。どれ、ちょっと見せてみろ」

おじいさんは、よっこいしょと立ち上がると、ゆっくりとした足取りで女性のスポーツバイクへと近づいていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る