第三話 友情愛の殿堂 上

「友情……愛?」


 現実に戻った二人はカフェ店で少しくつろぐことにした。次の相手は非常に大事だと知り、藍野は珈琲コーヒーで心を落ち着かせた。


「すみません。友情愛というのは藍野さまには想像がつきにくいのはわかりますが……」

「いや……なんだか……顔がすっごくワクワクしてない?」


 藍野はコーヒーカップで自分の顔を照れを隠すむかんちゃんを見つめる。見たことのないほど頬にバラの色が見える。


「い、いえ……お気になさらず。そろそろ次の相手へタイムリープしませんか?」


 十九世紀にタイムリープした日々は、現実ではほんの一瞬しか経っていない。その感覚は、たくさんの情報が詰められるのと同じく、頭が重い。


「ところでさ、なんでむかんちゃんは俺を代理人にしようとしたの?」

「はい。愛之殿堂あいのでんどうの代理人として、私には助っ人パートナーが必要でして、単独で愛の殿堂を届けることはできません」

「そ、そうか」

「はい。だから藍野さまのお力を貸していただくことにしました」


 自分じゃなくてもいいのに。と藍野は少し疑問を感じたが、むかんちゃんは話を続けた。


「それでは、そろそろ次へ向かいましょう」


 藍野はうんと頷く。

 彼女は手を振り、意識が再び眠りにつく。


 目覚めると、体がいやな予感の寒気と、戦場の熱気につつまれる。

 ――ボン! と爆弾が炸裂さくれつという音と共に、むかんちゃんの声が届く。


「ようこそ――『二十世紀のフランス』へ」

「え……?」


 目に見える光景は真っ暗、横にふり向くと出口に明るい火薬が飛び散る。


「ここは防空壕です。いまの時代は世界大戦中です。ただいまドイツ軍の攻撃を受けております」


 第二次世界大戦のフランス。それはいまでも歴史を通して伝わる悲劇のものだ。ドイツの攻撃にうまく対応できず、フランスがたったの約一ヶ月で敗北をした。しかしここにいるフランス青年は、必死に祖国を守っている。


『ぼ、ぼくの体が……!? 君たち……だれ?』


 体内からおそらく身体の持ち主である青年の焦った声が届く。しかし返答する隙もなく、外から無数の悲鳴ひめいが響いた。


「撤退! 撤退!」


 弱々しい長官の叫び声が自陣の兵士たちに伝わり、次の瞬間、彼の声が無数の銃弾の閃光せんこうに射殺された。


「おい、ウィス! 早く逃げるよ!」


 隣からある女性が藍野の腕を掴み、もう片方の出口に逃げようとする。

 視線を向けると、軍装も顔も泥に塗られ、歳を判断できない。乱れた短い髪に、希望をもつ碧眼へきがんが見つめる。しかし声を聴くと幼い優しさが満ちていて、この戦争に相応しくない少女だ。


 暗闇の防空壕から逃げ出す。後方の戦火が飛びまわる荒地が見え、そこには一両の小型乗用車がある。

 弾丸が飛ぶ光が所々に、その女は藍野の腕を離さず車のほうへ向かう。


「はやく……ウィス、はやく!」


 その声と共に走る足は止まらない。

 唖然となった藍野は『車のほうへ逃げること』しか考えてなかった。


「あと少し、ウィス!」


 ヒュッ! ヒュッ、と無数の銃弾の音が疾る――。


「もうすぐだ!」


 足の疲れを気にする暇もなく、ついに軍に援護された車に着く。


「はやく乗れ!」と軍が声を上げる。しかし、音を破裂させる爆発がひらめく――。


 その瞬間、藍野の体が空に飛ばされ、目を閉じた。

 最後に見えたのは、藍野の腕を離さなかった人が、血肉にまみれて飛び散った。

 しかし藍野は微かにあの少女兵の囁きが聞こえたようだ。


 ――『来世こそ……私をお嫁さんにして、ね』と。


 とある田舎の地。黄金の稲が果てしなく続く。鳥の鳴き声が、丘の上に響いている。そこに年季の入った石造りの家がたつ。藍野が目を開けると、見晴らす青が広がる。


「ここは……どこだ?」


 藍野は先ほどの爆発に頭が追いつけない。立ち上がると、そばには二人の十歳あたりの少年少女が座っていた。彼らは質素な農民服を着ていて、おしゃべりをしている。

 少女の期待のある青いまなざしが、じっと目の前の少年を見つめる。彼女は興奮を抑えられず、口を開く。


「うぃ、ウィス、私を……お嫁さんに、してくれるの!?」


 その質問に、少年は答える。


「もちろん! リリーちゃんもぉ、ぼくのことを嫌がらないでね!」


 少女はすぐに彼を抱きしめ、涙ぐんで彼の暖かな胸元に顔を寄せる。


「うん! 大人になったら……お嫁さんにしてね!」


 そのセリフのあと、少年と少女は徐々に姿が透けて消え去った。


「あれ?」


 藍野の背後から、ある可愛らしい陽気な声が聞こえる。


『こんにちは!』


 驚いて振り返ると、手で握れるほど小さな青い玉が宙に浮いている。たしかに音源はそこから発しているが、存在しない幻のようだ。


「なんだこれ!?」


 玉から発される声は幼い女の子のようだ。無感情なむかんちゃんとは違い、声に明朗めいろうな響きが伝わる。


『きみって……愛之殿堂あいのでんどうの代理人かな? ここはウィスとリリーの夢の空間だよ!』

「ウィスって……さっきの男の子? そしてさっきぼくが操ってたあの子のこと?」


 するとその玉は『うん、そうだよ!』と言い、ゆっくりと広がるあの稲の地に進む。藍野はそれについていった。


『おしゃべりするのは久しぶりだよ! いろいろ君と話したいものがあるけど、今はウィスくんとリリーの夢を旅しようか!』

「わ、わかった」


 そして藍野がまばたきをすると目の前の農場が一変し、フランスの栄えた街並みに囲まれた。周りには店で買い物をする人が多く漂う。


「ウィス! これ見て!」


 またあの二人。今度は街中で恋人のように手をつないで歩く。リリーの指の先にはアジアファッションのポスターがあった。そこには日本女性が着る和服が描かれている。


「ウィス。これ、綺麗だねぇ!」

「たしかに!」


 リリーの胸がおどる声が、少年の心にも響いた。


「将来、日本に旅行しない? 和服着てみたいなぁ」

「もちろん! リリーちゃんがよければ、世界を旅しよ」


 そう応答された少女の顔がバラのように満開した。


 ――「うん! 約束ね!」


 そう言ったと同時に、またさっきのように姿が透けて消える。見届けていた藍野はあの玉に目を向けた。


「ここって……あの少年の夢の中だよね? でもなんで君はここにいるの?」

『ずっとここで眠ってたの! どうやら今の私は……私を忘れてるかもしれないね!』

「え?」


 藍野はその台詞セリフの意味を理解できなかった。眠っていたとは。私が私を忘れる、とは。言葉を失った彼は、瞬きをすると再び目の前の光景が変わった。

 春が過ぎていき、少し汗をかく季節となる。今度はウィスとリリーは少し成長し、大人と言えるほど一人前の姿が見えた。広々とした建物の中、彼らの前にあるのは『召兵所』と書かれている看板。その隣の老いた長官とテーブル。ウィスは愛しい彼女に顔を向けた。


「リリーちゃん……本当に、行くんだね」

「うん! ウィスがいくなら私もいく!」


 世界大戦が勃発ぼっぱつ。フランスは国を守るための召兵をしていた。愛国心のある彼らは真っ先に応募した。


「ぼくが死んだら……来世も好きでいてくれるよね?」

「もちろん!」


 そして彼らは幸いなことに、同じ戦線に出征することになった。


「やったー。ウィスといっしょ!」

「ぼくたち――死んでもずっと一緒だからね!」


 その誇張こちょうしすぎた発言に、リリーは思わずいたずらな笑みが浮かぶ。


「へぇー。死ぬまで一緒になりたいなんて……変態だね!」

「ご、ごめんって! からかわないでよ」


 リリーはやさしく彼の頭をでる。彼女のあおい瞳は最後まで輝いていた。そして彼らの姿はまた消え去る。藍野も勘づいた、その『リリー』という人が、先ほど爆発で亡くなった女の子だと。


「ところでさ。今のぼく……あっいや、今のウィスくんって死んでるの?」

『ほら今ってウィスくんの夢の中だよ! 夢ができるってことは生きてるってことよ。あなたも彼の代理人だから夢の世界で私と話してるわけでしょ!』

「そうか……最期は『一緒に死ぬことができなかった』ってやつか」


 しかしそう言われると、青い玉の感情が乱れたように否定する。


『そ、そんなことないよ! 私はそれでいいと思うよ』


 すると藍野は彼らの悲劇を同情する顔を一転し、するどい目を見せる。


「ところで……いつまで隠しているんですか?」


 藍野は息を深く吸い、淡々とその名を呼ぶ。


 ――「むかんちゃん。隠さなくていいよ」

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