猿鬼ホラー短編「怪異」

ククリヒメ

私はとある樹海で自殺者の遺留品を収集するボランティアに参加しています。

これはその時に体験した事についての話です。

ボランティアには数人の方が参加しており、いくつかの班に別れて行動していました。

私の班は、私、後輩、私たちをボランティアに誘った先輩の3人での班行動でした。

樹海に入ってからは3人で遺品の回収をし、時間になったら他の班と合流する段取りとなっていました。

この日は天気も良く視界も良好だったので、

遺品集めも捗っていたのを覚えています。

日が暮れ始めた頃でした

遺品集めに集中してしまい気づいた頃には樹海の中で1人迷子になってしまっていました。

なんども叫びましたが先輩達の反応はありません。

途方に暮れて、しばらく歩いたところで私は

川をみつけました。

ここの樹海の中には川は1本しか通っていないため、川を辿れば知った道に出れるはずと思い、私は川沿いに進んで行きました。

ふと川の向こう岸に目をやった時でした。

向こう岸にそれはいました。

紫の着物を着た髪の長い女がこちらに手を振って立っていたんです。

ぼんやりとしか見えませんでしたが、

最初は綺麗な女性だと思いました。

でもこんな樹海の中に着物で入る人なんかいるはずがないじゃないですか？

あ、これはダメなやつだなと目を合わせないようにしました。

だって絶対にこの世のもののはずがないですから…

彼女の視線はずっと私に向いていました。

まずい…どの班でもいいから早く合流しないと…

私は駆け足で川沿いを進みました。

川の向こうを見ていませんでしたが彼女は明らかに私の後を着いてきていました。

ザリ ザリ ザリ ザリ

横から着物を引きずる音が聞こえててきます。

ザリ ザリ ザリ ザリ チャプ チャプ

まずい…私のいる岸の方に向かって来ている…

その時でした

あっ！

足元に注意を払っていなかったので流木に躓いて転んでしまいました。

チャプ ザリザリザリザリ

倒れている私をよそに、彼女はもうすぐそこまで来ていました。

彼女の顔を見るべきじゃない……

見ちゃダメだ…見ちゃダメだ…

紫の着物がもう私の視界に入るほどに近ずいて来ていました。

スルスルと細く生気を感じさせない真っ白な腕が私の首をぐっと掴み、締め上げました。

女性とは思えない力で私を持ち上げたその時に私はしっかりと彼女を見てしまいました。

長い黒髪から覗く目があるはずの場所には大量の草が生え、首にはまるでしめ縄の様なロープがぐるぐるとまかれていました。

彼女は私を見ながら首を締め上げ歌いだしました。

その時の歌を私は忘れることができません。

川の音や虫の音が聞こえているはずなのに

まるで頭の中で直接歌われているかのような…

その歌しか聞こえなくなっていました。

ククリマショ ククリマショ 皆デ 木二

アガリマショ アガリマショ 天ノ向コウ

ササゲマショ ササゲマショ 人ノ贄

ネガイマショ ネガイマショ ククリノヒメ二

だんだんとだんだんと

彼女の首をしめる力が強まります。

だんだんとだんと

私の意識が薄れかけていきます。

あ、これ死ぬかもな……

そうぼんやり思った時でした。

おい！何してる！やめろ！おい！

何やってるんすか先輩！

先輩と後輩の叫ぶ声が聞こえてきました。

意識がはっきりした時、私の首をしめていた着物の女は消えており、かわりに私の首にはロープがくくられていました。

まるで今から首を吊るかのように…

着物の女が俺を殺そうと…

私がそう言った時先輩が私の言葉を遮るように話し始めました。

迷子になって気が動転していたんだろ？

着物もそこの紫のビニールと見間違えたんじゃないか？

先輩はそう言い目の前木に引っかかったビニールを指さしました。

その時は私も気が動転してい幻覚でも見ていたのだろう…そう自分に言い聞かせるようにしてその場を去りました。

先輩と解散した後に、後輩とファミレスでご飯を食べてる時でした。

ふと先輩の言葉が頭をよぎりました。

紫のビニール？

私は着物としか言っていないのにどうして先輩は紫色だとわかったんだろう？

気になった私は後日先輩に聞くことにしました。

どうしてあの時、着物の色が紫だと言ったんですか？

少しの沈黙の後先輩が話し出しました。

そんな事言ったか？

それに今回みたいなことあったらいけないから

お前はもうボランティア参加するな！

それからなんど聞いても似たようなことばかり言われはぐらかされてしまいました。

ただ帰り際に先輩は 私に一言だけ言いました。

これから誰かに誘われてもボランティアに参加するな、俺から後輩達にも誘わんよう言っておくから

絶対に樹海に近づくなよ、絶対だからな

先輩は確実に何かを知っていたのでしょう。

けれど私は先輩の強い念押になにも聞く事ができませんでした。

それから数ヶ月後に先輩はあの樹海で首を吊って死にました。

近くに遺書があったため自殺として処理されました。

遺書には私のことも書かれていました。

ここにはもう絶対に来るな 次は助けてやれない

と…

今思い返せば先輩はあの樹海で遺品とは別の何かを探していたような気がします。

それと昨日は後輩から樹海に行きませんか？

と電話がありました。先輩にとめられていたはずなのに…

それにどこかの祭りにでも行っていたのでしょうか？

後ろから囃子のような音が聞こえていて、

思い出せないけれど、どこかで聞いたことがあるような気がしました。

あの樹海では年に何人もの人が命を絶っていると言う話をボランティアを始めた時に先輩から聞かされました。

でも本当に全員が自分の意思で命を絶っているのでしょうか？

それとも誰かに呼ばれて辿り着いたのでしょうか？

もしそうだとしたら、私もあの樹海に呼ばれて

いるのかもしれないですね。

だって私今とてもあの樹海に行きたいんですよ。