第34話
一行を乗せた船は聖都アウレルミンに近づいていた。
翼を持つ伝説の魔獣を退けたものの、混沌極める聖都その近郊で、次なる障害に行く手を阻まれていた。
魔物の大群、そして、吹き荒れる魔力の暴風雨だ。
「参ったね。これじゃ船で近づけない」
操舵室からディシアの声が聞こえた。
聖都を目前にして、その周辺を旋回しながら突破口となるような場所を探してみるが、見当たらない。
どこも魔物が飛び回って、空を埋め尽くさんばかりだ。
「無理に突っ込む必要はない、この船が離脱できることが第一だ」
アルメリアがそう言った、皆が危険な目に遭うくらいなら、メトセトだってここで降ろしてもらって構わない覚悟だ。
少々歩くことにはなるが、皆の安全には代えられない。
それをアイナスに伝えてみたが、彼女は首を左右に振った。
「んなこと言ったって、あの数相手にしながら進むってんなら、本命にたどり着く前に疲れ切っちまうぞ」
「そうだよ〜」
リッカも頷いた。
妙案もなく、沈黙が支配する船内、突然操舵室から何かの呼び出し音のような音が鳴り響いて、ディシアが声を上げた。
「あ、待って。通信」
「通信?近くに船がいるのか?」
「そうみたい。でるよ」
ディシアが操作して、その音声が船内に聴こえ始める。
『___様、ディシア姉様。聞こえてますの?』
「この声……ライラじゃないか」
『やっと繋がりましたわ!』
アルメリアやリッカと顔を見合わせる、リッカはぽかんと首を傾げた。
アイナスが操舵室のほうへ近づいて、声をかけた。
この嵐のせいなのか、ライラの声にはノイズがかなり混ざって聞こえた。
「おい、聞こえてるかライラ。あたしだ」
『粗野な口調が耳障りですわよお姉様』
「あたしに文句を言いに来たんなら今度にしてくれ、お前に付き合ってる場合じゃねえんだ」
『バカ言ってんじゃねえですわよ!ほんとに帰りますわよ!?』
「近くにいるんだな?」
『ええ、もうすぐ肉眼で捉える距離ですわ』
左舷に聖都を見るように旋回する揚力船、アイナスは反対の船窓から窓の外を見つめて目を細めた。
メトセトもその視線を追ってみるが、雨粒の打ち付ける真っ暗な窓の向こうには何も見つけることができなかった。
しかし、獣人族のアイナスは違ったらしい。
「……こっちは確認できた、三隻だな?」
『各地の防衛に手配しましたの、借りられたのはこれだけですわ』
少しずつだが、ライラの通信音声がクリアになっていく。
揚力船に搭載されている無線通信設備に、メトセトは決して詳しくはないが、通信強度は距離に依存するのかもしれない、つまり、彼女らの船が近づいているということだ。
「で?そいつらには載ってんのか?」
『当然ですわ!哨戒中のタチバナさんやリンさんが「空を割る〈光焔〉の煌めきを見た」とビークル・ラウンジから電話をくれましたの。ビルギッタ様にお願いして、慌てて船を出しましたのよ』
自警機構のふたりが目撃したのは、〈バハムート〉を両断したアルメリアのあの一撃の光だろう、あれほど派手であれば、確かに遠方からでもよく見えたかもしれない。
『これからわたくしたちが魔導砲をぶっ放しますわ、お姉様方は開けた進路を一気に突っ走って、アルメリア様とメトセト様を素早く降下。退避して下さい。撃てるだけ撃って、退路を支援しますわ』
「さすがはあたしの妹、上出来だ」
「わたしの妹でもあるんだけどなー」
『……い、いいですから作戦通りに!』
少し照れくさそうに言葉を詰まらせて、ライラは乱暴に通信を切った。
「ライラちゃんたち、きてくれたんだね!」
「心強いな」
「いい妹さんたちね」
「こりゃ後が怖いな……」
「よーし、速度を乗せる。いったん離れるよ!」
ディシアが面舵を切り、船が聖都から距離を取っていく。
そして前方から、ライラの通信どおり〈闇影の騎士団〉の強襲揚力艦が三隻、接近してきた。
船のすれ違い様、その船首に搭載された魔導砲が、砲口に光を充填するのが見えた。
「回頭ッ!しっかり掴まっててね!」
慣性に逆らうような急旋回、各々掴まれるところにしがみついて、真横へ引っ張られそうになるのを耐える。
そして、砲声。
三隻の揚力船から放たれた魔力の弾頭が、次々と聖都目掛けて飛び込んでいく。
「開いた!突っ込め、姉貴!」
魔物の群れは撃ち込まれた魔導砲によって撃ち落され、さらに散逸、乱流する大気の中を全速力で船が進んだ。
「リッカ、ハッチを開けろ!」
「うんっ」
聖都、高度を一気に落として庁舎前通りに差し掛かり、船尾ハッチが開く。
「また会えるんだよな?」
ハッチの前に立つアルメリアに、アイナスが言った。
「感傷的だな、らしくないんじゃないか?」
「こんな時までからかうんじゃねえよ」
アイナスは唇を尖らせてそっぽを向いた。
「行ってくるね、リッカ」
「メトセトちゃん……っ」
微笑むと、リッカは泣きそうな顔で胸に飛び込んできた。
思い切り抱きしめて、メトセトは体を離す。
「頼んだよ、ふたりとも」
操舵室の小窓から、ディシアが顔を覗かせていた。
その声に頷いて、アルメリアと向き合う。
「行こう。メトセト」
「うん」
アルメリアがメトセトを抱え上げ、振り返ることなく、ふたりは最後の戦いへ飛び出して行った。
再び聖都の地を踏み締めたアルメリアとメトセト。
ふたりの上空を、ディシアの船がぐるりと旋回して離脱していく。
彼女達の退路は、ライラたちの支援砲撃が確保していた。
心配はいらないだろう、アルメリアとメトセトは、毅然とした足取りで〈堕落の女神〉の座する〈白銀の塔〉、その崩落跡地を目指す。
崩れた教皇庁庁舎、その片隅にはアルメリアの愛車TrailHawkが倒れていた。
彼女は近づいて、バイクを起こす。
「戦いが始まれば、また倒れるかもしれないな。お前には、随分と無茶をさせた」
傷だらけになったその車体を労わるように、アルメリアの手が触れた。
初めて間近で見たときには磨き上げられていた金属光沢も、今は傷や埃でくすんでしまっている。
このバイクが、自分たちと共に旅をしてきた証だ、そしてここで、自分の主人が再び訪れることを待っていたのだろう。
「行ってくる。これが、本当の決着だ」
TrailHawkへ別れを告げ、アルメリアは剣を抜き、先へ進む。
そして、再びまみえた〈堕落の女神〉もまた、まるでふたりがまた現れることを待っていたかのように、今はただ、静かに睥睨していた。
物言わぬその悲しき存在に応えるように、メトセトはドレスの袖を揺らして手を差し伸べる。
「終わらせるわ、ちゃんと、私たちが」
その言葉は、ヴェロニカの魂へ捧げたものであり、そして、メトセト自身の決意をあらわすもの。
〈堕落の女神〉が絶叫を上げる、その悲鳴は禍々しくも、いっそう痛ましくイーゼルガルドの大地へ響き渡った。
空が激しく明滅し、頭上の光輪がいっそう強く光を放つ。
掲げたあの歪な剣に雷が落ちる、〈堕落の女神〉は剣を振り下ろして、その剣が纏う魔力の
雷鳴、轟音。
メトセトの正面で雷が爆ぜる、その衝撃で地面が割れ周囲の瓦礫が吹き飛び、砂塵が舞い上がった。
しかし、彼女達は無傷だ。
メトセトの突き出した手のひらを中心に、〈光焔〉の煌めきがふたりを包み、〈堕落の女神〉の魔力を打ち消していた。
その様子に、〈堕落の女神〉は憎悪と敵意をいっそう激しく燃え上がらせ、咆哮する。
聖都一帯を呑み込む苦悶の雄叫び、大気すら震え上がるほどの絶叫。
〈堕落の女神〉が迫る、両手で構える歪んだ剣を、メトセト目掛けて振り払った。
しかし、その凶刃はメトセトを捉えることなく制止する、前へと躍り出たアルメリアが、その一撃を剣で防いだのだ。
彼女の剣に、白銀の焔が眩く燃え上がる。
警戒するように後退する堕落の女神、再び剣を構えて斬撃を繰り出す、それは、以前アルメリアを打ち負かした魔力によって練り上げられた衝撃波だ。
「……ッ」
剣を構え直し、臆することなく、アルメリアが踏み込む。
嵐のような魔力の濁流に向かって、彼女は剣を振り抜いた。
閃光。
ふたつの力が衝突し、爆発するかのように激しい光を迸らせた。
〈堕落の女神〉が剣を掲げる、邪悪な光が集まり、その剣身がさらに歪む。
おそらく、剣の周囲に凝集した魔力によって、空間そのものが局所的に屈折しているのだ。
そしてそのぶん、あの剣も〈堕落の女神〉も、力を増す。
「私が周りの魔力を減らすわ、そうすればあの剣の力も弱まるはず!」
大きく、両手を左右に広げるメトセト、彼女の足元から円を描くように焔が広がり、瓦礫の下を駆け抜けて瞬く間に聖都全域が白銀の輝きに包まれる。
消耗する方法だが、出し惜しむ必要などない。
真に〈光焔の力〉を得ても、自分はアルメリアのように戦えはしない、なら死力を尽くす思いで、彼女が〈堕落の女神〉を討ち負かすその助けになればいい。
「メトセト……」
その覚悟に呼応するように、アルメリアの剣がさらに眩く燃え上がる。
まるで、剣そのものが焔へと姿を変えたかのようだった。
「今度は負けない。私の信念にかけて、必ず止めてみせる」
揺らめく焔の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます