三重・滋賀・京都編:第7話
第三十五話
あたしは即座にセーフティを連射に切り替えた。
一瞬、引き金を引く手が止まりかける。それでも――迷ってはいけない。
あたしは小銃を握る手に力を込めて、照準を定め、弾丸を撃ち込んだ。
けれど、その銃撃は家電の外殻に弾かれてしまう。
静岡のショッピングモールで遭遇した化け物を思い出す。あれも機械を取り込むスライムの変異種だった。
ならば、今回の鉄の巨人も同じだ。内部のどこかにコアがある。そこを撃ち抜かなきゃ意味がない。
巨人は店内の家電を無造作に取り込んでいた。おかげで脚は重く、動きは鈍い。
あたしはその隙に店内を走り回り、巨体を観察する。
――あった。
腹部の装甲の隙間から、かすかに赤い球体が覗いている。
「あそこが弱点っすね」
すぐにグレネードランチャーを構えたその時、巨人が左腕を大きく振り上げる。
その先端には、洗濯機――。
「まさか⁉」
あたしはとっさに跳び退く。次の瞬間、さっきまでいた場所に洗濯機が叩きつけられ、重い音を立てて砕けた。
今度は右腕。視界の端で振りかぶられるのが見える。
身を伏せた直後、小型の冷蔵庫が頭上をかすめて飛んでいった。
「あっぶな……」
巨人は再び周囲の家電を取り込もうと動きを止める。その動きは一瞬の隙になる。
あたしは再びランチャーを構え、腹部の赤い球体を照準に収める。
引き金を引く。
空気が抜けるような軽い音のあと、榴弾が一直線に飛び出していった。
狙い通り、赤い球体のあたりに突き刺さり――爆発。
轟音とともに家電の装甲が吹き飛び、腹部が露わになる。
その爆風の陰から、あたしは身を乗り出す。
赤く光るコアに照準を合わせ、指を引き絞る。
その瞬間、電子的に歪んだ声が響いた。
『ボクモオォォ…イッショニイィ…イキタカッタアァァァ』
あたしの手が、わずかに震える。
「……ごめんなさい」
そう呟いて、引き金を引いた。
小銃から発射された弾丸が、赤い球を貫く。
『イヤダアアァァァッ!』
テレビ君だったものの悲鳴が響いた。
『モウ一度、外ガ、見たかっただけなのに……』
そうして、鉄の巨人は静かに崩れ落ち、動かなくなった。
気がつけば、店の入り口から朝日が差し込んでいた。
あたしはぼんやりと、その光を見つめていた。空はよく晴れていて、何もかもが嘘のように静かだった。
ゆっくりと足を動かし、鉄の巨人だった残骸に近づく。
散らばった破片の中から、砕けた赤いコアのかけらをひとつ拾い上げた。
水が入っていた透明なボトルを空にして、そのかけらを中へ入れる。
そして、それをリュックのボトルホルダーに差し込んだ。
「あたしにはこれくらいしかできないっすけど……これからは一緒に旅するっすよ」
もちろん返事はない。
けれど、せめて彼の最後の願いは叶えてあげたかった。
テレビ君が何者だったのか、本当のところはわからない。
ただ、その最期の言葉に、あたしは何かしらの人間らしさを感じていた。
――ずっと前に読んだ、少女の手記。
――人の姿に擬態していたスライム。
あたしは薄々、ずっと気づいていた。
だけど、それを考えるのが怖くて、見ないようにしてきた。
でももう、はっきりした。
「……やっぱり、スライムは元は人間だったっすね」
あたしの呟きは、空虚な静けさに飲まれていく。
市街地や大型施設に、スライムが異常に多かった理由。
それはきっと、そこにたくさんの“人”がいたからだ。
これまであたしが殺してきた相手。
それはただの怪物なんかじゃなかった。
――かつて、人間だったものたちだ。
手が震える。
背負ってきたものの重さに、呼吸が詰まりそうになる。
「これから、どういう気持ちで戦っていかないといけないんすかね……」
誰に聞かせるわけでもなく、ただそう呟く。
それでも、足は止められない。
あたしは黙って店を出た。
頭の中は、鉛のように重かったけれど――
空は、皮肉なくらい晴れ渡っていて。
太陽はあたしを明るく照らしていた。
国道161号線をたどり、再び国道1号線へと戻ってくる。
この道をたどれば、京都市へ入ることができるはずだ。
大津駅付近を通り抜け、なだらかな山道へと進んでいく。
とはいえ、本格的な登山というほどの勾配ではない。
ほんの短い坂道を越えると、もうそこは京都の市街地だった。
そのまま京都駅の近くまで走り、あたしは足を止める。
鉄の巨人と戦った直後に出発してしまったせいで、小銃の整備も弾の補充もできていなかった。
駅前のベンチに腰を下ろし、リュックを下ろす。
小銃を丁寧に分解し、一つ一つの部品を点検していく。
汚れを拭き取り、磨き、潤滑油を差しながら、元通りに組み上げていく。
続いてマガジンを取り出し、弾薬を詰め直す。
グレネードの弾も再装填し、すべての整備が終わった。
あたしはベンチに座り込んだまま、深く息をついた。
ほんの少しだけ、体から力が抜けていく。
――そのときだった。
唐突に、頬を伝って涙がこぼれ落ちた。
一滴、また一滴。止まらない。
「……あれ? なんで……」
声が震える。
涙を拭っても、次から次へと溢れてきた。
明確な理由なんてなかった。
けれど、感情の堤防が崩れるように、嗚咽がこみ上げてきた。
朝の光が差し込む広場で、
動くものは誰もいなかった。
静まり返った空間に、あたしの嗚咽だけが響き渡っていた。
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