水音シズカの独りぼっち旅行記
三毛。
プロローグ
プロローグ
どれくらい歩いたかなんて、もう分からない。
時計も電波もないし、そもそも日付の感覚がもうあやふやで。
ただ、太陽が昇って沈むのを何度も見て、また起きて、また歩いて……そんなのを、ずっと繰り返してた気がする。
舗装が割れた国道を、あたしはひとりで歩いてる。
道の端には崩れかけのガードレール。雑草はアスファルトを突き破って伸び放題で、車も人もぜんぜん通らない。
線路沿いの道は、ところどころで土砂崩れに塞がれてた。
道路は亀裂だらけ。バス停のベンチには風化した荷物と、潰れた缶コーヒーが置きっぱなし。
街灯は曲がってて、歩道橋の階段は途中で崩れてた。
それでも、歩くしかなかった。誰も助けてくれないから。
電車の車体が線路脇に突き刺さっていたとこもあった。
座席に誰かが座ってるように見えたけど……それも見なかったことにした。
たぶん、動かない“何か”だった。仮に動いたらもっとイヤだったし。
空は灰色で、風の音だけが響く。
動物の気配もなければ、虫も鳴いてない。
こんだけ静かだから、ブーツの足音が“カッ、カッ”って響くと、ちょっとびびるんすよね……毎回。
トンネルは……めちゃくちゃ怖かった。
あそこは光がぜんっぜんなくて、音も全部、飲まれる。
だから息を止めて、足音も消すように、忍び足で抜けた。
途中、何かが“蠢いた”気配があったけど……見なかったことにした。
国道沿いの電柱に、ボロボロになった青い案内板がぶら下がってた。
文字の半分くらいは錆びてるけど、なんとか読める。
「→宮崎県」
「……あぁ、やっと“帰ってこれた”って感じっすね」
声に出してみても、返事はない。
まぁ、最初から期待してないけど。
あたしの名前は水音シズカ――らしい。
でもそれは、あたしが憶えてることじゃなくて、生徒手帳にそう書いてあっただけだ。
目が覚めたのは、見たこともない病院のベッドの上。
あたしはなんにも覚えてなかった。自分が誰かも、どうしてそこにいたかも。
気がついたら、セーラー服姿で寝てて。
荷物もなくて、持ってたのはポケットに突っ込まれてた、この生徒手帳だけ。
「……まあ、あのときはマジで不安しかなかったっすけど、いま思うと、最初に靴履いてたのだけは助かったっすね」
そうぼやきながら、あたしは背中の登山リュックを軽く揺らす。
このリュックも、途中で拾ったもの。
どこかのショッピングモールで、半壊した店から失敬したやつ。
コートも、グローブも、ブーツもぜんぶ拾いもの。
誰のかなんて、わかんない。でも、名乗り出る人も、取り返しに来る人もいない。
「……ていうか、このモッズコート、やっぱちょっとデカいっすよね……」
袖を引っ張って、苦笑い。
夜はとにかく寒い。風が骨に刺さる感じで。
だから、あたしが今着てるこの白のモッズコート――
これは廃墟になった登山用品店で、ショーウィンドウをぶち破って手に入れたもの。
「支払いはまた今度っすよ~」って言いながら盗んだの、今でもちょっと罪悪感あるけど……
着なきゃ死んでた。マジで。
あと、自衛隊の基地で拾ったグローブとブーツ。
落ちてるときはちょっと血がついててビビったけど、拭いたら使えたんで。
“誰かの”だったのは分かってる。でも、それを捨てたってことは、使用者はもう戻ってこないってことだ。
あたしは腕を組んで、案内板の「宮崎県」の文字をもう一度見上げた。
「そろそろ、うちの近く……なはずなんすけど。
マップアプリ? あんなもん、もうとっくに“圏外”っすからね……」
笑いながら、あたしは歩き出す。
目的地は、生徒手帳に書いてあった“自宅の住所”。
正直、そこに誰かがいるなんて思ってない。
でも、それ以外に行く場所も、あたしにはない。
風が、潮の匂いを運んできた。
海が、近い。
「……帰るっすよ、“あたし”のところに」
深呼吸して、リュックのストラップをギュッと握り直して。
もう一歩、足を前に踏み出した。
8/21:誤字を修正しました。
9/2:一部表現を修正しました。
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