第3話
カフェのバイトは、月日とともに馴染みのお客さんが増えていくものだが、おばあさんは私が来店を心待ちにする最たる人になった。
ウエイトレス仲間が、イケメンのお客さんなどにキャッキャッと言ってる時にも私は一人、おばあさんに見惚れていた。
コーヒーとモンブランを持っていけた時は、必ず私はおばあさんが脇に置いている本の表紙を盗み見る。おそらくはもう何度も何度も読み込まれたであろう古い本が多く、たくさんの付箋がつけられていた。
それらはトルストイなどの文豪であったり、フランクルやラッセル、ロックやル・ボンなどの思想家や哲学者だったりした。
私はおばあさんが読み、親しんでいる世界を少しでも知りたくて、バイト帰りに本屋に寄って同じ本を買った。同じ本を持っていると思うだけで嬉しかったのだ。まるでストーカーである。
しかし、それらの本を意気込んで読んでみたものの、当時の私のオツムには難しいものが多かった。そんな本をびっしりと付箋をつけるほど読み込んでいるおばあさんに、なお憧れを強くした。
だから私は小難しい本たちに返り討ちにされながらも、何度も挑んだ。その姿は、3つ上の姉が「なに……? アンタ最近どうしちゃったの? そんな難しそうな本ばっかり読んで……」と訝しんだほどである。
さらに私は本だけではなく、おばあさんのあらゆるものを真似ようと試みた。歩き方、座り方、カップの持ち方、コーヒーの飲み方、頷き方、微笑み方――。
しかし――しかしである。こちらはすぐに心が折れ、早々に断念した。
なにせ鏡に、自分でもげんなりするような「気取った珍獣」のような姿が映るのだ……。こんなものは世に晒すべきではない。
本能的に、形だけ表面だけ真似ても無駄なのだとわかった。
ただ、代わりといっては何だが、上品ではなくとも下品な事は決してやるまいと己に誓った。
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