第9話 彼女の態度

 エルヴァン殿下のもたらした事実によって、私とイルドラ殿下は考えることになった。

 女性関係と税金に対する誤魔化し、その二つが関係していないとは思えない。状況的に、それらは密接していると考えるべきであるだろう。


「なるほど、アヴェルド兄上がその三家の子女と四股していたという訳ですか。それは確かに、興味深いことではありますね」


 それらも含めた話を聞いたエルヴァン殿下は、呆れたような笑みを浮かべていた。

 その表情からは、アヴェルド殿下への侮蔑の感情が伝わってくる。それは当然のことだろう。状況的に、彼はなんとも非道なことをしているということになるのだから。


「端的な答えを出すとしたら、アヴェルド兄上は税金を誤魔化す代わりに令嬢と関係を持っていると考えるべきでしょうか」

「……忌々しいことだが、それは確かにあり得ない話ではないな」


 エルヴァン殿下の言葉に、イルドラ殿下はゆっくりと頷いた。

 それは私も、最初に思い付いたことではある。三家は私服を肥やすために娘を犠牲にしている。その可能性はあるだろう。

 ただ、私には気になっていることがあった。それは、ネメルナ嬢のことである。


「エルヴァン殿下、しかしながらネメルナ嬢はアヴェルド殿下に熱烈な愛を向けていました。彼女は家のためにその身を捧げているという感じではないと思います」

「別にその二つは矛盾しないのではありませんか? 家のために身を捧げる人物が、偶々惚れ込んだ者だったというだけで」

「これは私の感覚の話ではありますが、ネメルナ嬢はそういった事情について知らないと思います。根拠はありません」


 エルヴァン殿下の言う通り、彼女が家の策略を知った上で関係を持っているという可能性は、ない訳ではない。

 私の根拠のない感覚だけで、それを否定することは難しいことである。ただ、この場においてネメルナ嬢と実際に接しているのは私しかいない。私は彼女に関して思ったことを、二人に伝えておくべきだと思ったのだ。


「リルティア嬢がそういうなら、そうなのかもしれませんね」

「ああ、実際に接したあなたの感覚は信用できる。いやそもそも、三家の事情が全て同じと考えるべきではないのかもしれないな」

「なるほど、それぞれ事情があると考えるべきですか」

「ネメルナ嬢の場合は、本人はまったく関与していない所で、兄上とオーバル子爵が癒着しているということかもしれない」


 イルドラ殿下もエルヴァン殿下も、私の認識を支持してくれているようだった。

 そして二人の言う通り、今回の件はそれぞれの家について考えるべきであることなのだろう。となると、ネメルナ嬢に当たるのは得策ではなさそうだ。他の二人が鍵となるかもしれない。




◇◇◇




 色々なことを知った私は、一度エリトン侯爵家に戻ることになった。

 お父様に全てを話した後、私はお兄様とその婚約者であるラフェシア様とお茶をしていた。偶然、ラフェシア様が屋敷を訪ねて来ていたため、色々と話すことになったのだ。


「どうやら大変なことになっているみたいね?」

「……お兄様、ラフェシア様に話したのですか?」

「……すまない。彼女に隠し事なんてできなかったんだ」


 ラフェシア様は、私に関する事情について色々と知っているようだった。

 そのことでお兄様は頭を下げているが、別にそのような必要はない。今回の件は、次期エリトン侯爵夫人となるラフェシア様にとっても無関係という訳ではないからだ。

 ただお兄様の口振りからして、ラフェシア様に見抜かれたということなのだろう。それには妹として、苦笑いを浮かべてしまっている。二人の力関係は、なんというか明白であるようだ。


「ラフェシア様、まあお兄様もそうですが、実の所今回王城に赴いた結果、新たなる事実がわかったのです。具体的には、アヴェルド殿下のさらなる悪事が判明しました」

「あら……何をしていたのかしら?」

「まず彼は四股だったようです。前に二人については聞いたとは思いますが、三人目がいて……ラウヴァット男爵家のメルーナ嬢という人です」

「……メルーナ嬢?」


 私が今回のことについても説明しようとしていると、ラフェシア様が眉をひそめた。

 それは明らかに、私が述べた名前について聞いたことがあるというような反応だ。


「ラフェシア様、メルーナ嬢のことをご存知なのですか?」

「ええ……まあ、友人といっても良い関係かしら?」

「そうなのですか……」


 ラフェシア様の言葉に、私はなんとも言えない気持ちになった。

 深い交流があるラフェシア様の友人が、今回の件に関係している事実には、心が痛くなってくる。こんな所で繋がりがあったなんて、驚きだ。できればそのようなものはない方が良かったのだが。


「まさか彼女が浮気なんて……そのようなことができる子ではないと思っていたのだけれど」

「えっと、メルーナ嬢はどのような方なんですか?」

「よく言えば穏やか、悪く言えば気が弱いような子かしら。だから驚いているのよ。浮気なんて、そんな大それたことができる子ではないと思って」

「……ラフェシア様、もう一つ話しておきたいことがあります」


 ラフェシア様は、深くため息をついていた。

 やはり友人が今回の件に関わっていたことに、ショックを受けているのだろう。


 ただ私は、もう一つの事実を知っている。その事実から考えると、メルーナ嬢は望んでアヴェルド殿下と関係を持っている訳ではないかもしれない。

 そしてそれは、事件を解明する足掛かりになる可能性がある。さらに詳しい話を聞くためにも、私はラフェシア様に事情を話すのだった。

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