第2話『アイドル』
東京ドーム。
屋内の会場としては、国内最大の収容人数。今日は50,000人の動員。
ライブもフィナーレ。
最後の曲。
観客の盛り上がりも最高潮。
終わりを惜しみながらも、最高の終わりを求めている。
史上最強のアイドル。
相沢 レイラ。
ルックス、スタイル、歌声、ダンス。
どれもが完璧。
彼女の歌声は、1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)を持っている。
生体のリズムは基本的には1/fゆらぎをしている。この1/fゆらぎは快適性と関係があることが判明している。
人間の生体は五感を通して外界から1/fゆらぎを感知すると、生体リズムと共鳴し、自律神経が整えられ、精神が安定し、活力が湧くと考えられている
緑を感じさせる川のせせらぎ。
可愛らしい小鳥のさえずり。
秋の訪れを知らせる虫の羽音。
心地よくしてくれる音には、1/fゆらぎをしているものが多い。
だから、彼女の歌声は誰もが、癒やしを感じる。
会場の照明が落ちる。
一瞬の暗闇と静寂。
光は観客が持つペンライトだけ。
無数の色の光の1つ1つが星に、その集まりが星雲に見える。
ブ〜ン!
ブ〜ン!
重厚な重低音。
紫のレイザーライト。
重厚なコーラスを皮切りにイントロが始まる。
会場の様子を映す大型モニター。
別室でその様子を見る男がいた。
ゲーミングチェアに深々と座っている。
白いキャップにロンT、ダークスーツ。そして、ヘッドホンをしている。
相沢 レイラのチーフマネージャー、加茂(かも)だ。
大型モニターは大きく映し出されたメイン映像。そして、小さなワイプ映像が画面下に3つ並んでいる。ワイプは会場の観客を捉えている。
観客席には、日本人の中に外国人の姿も見える。
1人のガッチリした体型の黒人男性をカメラがとらえた。
目の前で繰り広げられる演出に、興奮を隠しきれない男性が叫んだ。
「Oh my God,that's the funky shit」
(なんだコレ! 激アツじゃね〜か!)
中央の舞台への通路にスポットライトが当たる。
レイラの登場。
通路を歩き、舞台へ。
会場のどよめきが渦のよう。
熱狂している。
レイラがMCでさらに会場をあおる。
「アンコール、ありがとう!
最後の最後まで、みんな
クッタクタになるまで、
燃え尽きてくれる〜!!」
会場のどよめきはピークに達し、ラストの曲が始まった。
加茂のいる別室。
部屋の片隅の大型水槽。
無数の熱帯魚が泳ぐ。
会場のどよめき。
50,000 人の想い。
念。
その念に耐えきれず、熱帯魚が1匹、1匹水面に浮かぶ。
生身では耐えられない。
加茂は白い手袋をはめた。
手袋の甲の部分には五芒星の紋。
陰陽道では魔除けの呪符として伝えられている。
安倍晴明判(あべのせいめいばん)、もしくはドーマンセーマンと呼ばれる。
水槽の熱帯魚が浮かび続ける。
加茂は不気味な笑みを浮かべた。
曲は、転調につぐ転調。
チョッパヤのベースライン。
そして、曲に入れてあるコーラスの掛け声。
掛け声は、観客がノリやすいようにわざとワンテンポ遅らせている。
おもしろいように観客はそれにハマりのめり込んでいく。
曲も終盤。
派手な照明は息をひそめ、一筋のライトがレイラだけを照らし、ピアノと静かなボーカルで聞かせる。
そして、ピアノで転調。
息を潜めた照明、音、すべてが爆発する。
ボーカルと一緒に盛り上がる。
そして、重厚なコーラスが響き、曲はパッと終わる。
せつなさ、祭りの終わり。
『相沢 レイラでした〜!
ありがとうございま〜す!!』
水槽の熱帯魚は全滅。
水面にすべてが浮いていた。
ドーマンセーマンの手袋から、白い煙が上がった。
加茂は手袋を脱ぎ、床に捨てた。
手袋は炎を上げ、燃え尽きた。
別室に相沢 レイラが現れた。
加茂がパチンと指を鳴らした。
レイラの姿が消えた。
代わりにヒラヒラと人形の紙が宙を舞い、床に落ちた。
式神。
古来より陰陽師は祭り事を取り仕切り、人々の念や想いによる厄災を祓ってきた。
加茂は不気味な笑みを浮かべた。
式神。
式神 (しきがみ)は、陰陽師が使役する鬼神のことで、人心から起こる悪行や善行を見定める役を務めるもの。
式の神 (しきのかみ)ともいい、式鬼(しき)、式鬼神ともいう。
式神は、平時には式札(しきふだ)と呼ばれる和紙札の状態にあるものが、陰陽師の術法によって使用されるとき、使役意図に適った能力を具える鳥獣や異形の者へと自在に変身する。
第3話『ドーマンセーマン』へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます