火食む
家の旦那は私と一つ違いで、それなのに私よりも年下に見られるのが当たり前な若い顔つきをしている。
童顔とは違う。少年のようなあどけない顔立ちとは程遠い。
けれど、シャープな顔の作りが精悍さを備えていて、三十を越えていると言われることはまずない。むしろ学生に間違えられることがしばしばある。
それでいて性格は若くて侮られやすい外見と違って強引で不遜なところがある。
「却下に決まってるでしょ」
私が決死の覚悟で差し出した離婚届はその一言の下に、半分に破られた。ご丁寧に、私の署名した部分に亀裂を入れて、だ。
しかし私も伊達に七年もこの人の妻をやっていない。
「話聞いてた? 私はあなたを愛してないの!」
自分の想いをはっきりと打ち明ける。
家の旦那は、決断が早く、一度決めたことはそう簡単に覆さないが、そこに私の心情が介入すれば話は違う。
なんだかんだ、愛ゆえか、私の意見は過失や浪費を伴わない限りは通してくれる。
最後の最後とばかりにその愛を利用することで、旦那の決断を切り崩すつもりだったのだけれど。
「だから? 俺は愛してる」
「――っ!?」
臆面もなく愛を告げられて怯んでしまった。これはよくない。
よくないと、分かっていたのに。
旦那の腕に抱き寄せられて、その大して筋肉のついていない胸板に顔を埋めて彼の香りを嗅ぐと、愛情もない癖に私の情欲が体を火照らせた。
なんて浅ましいの。
こうやって甘やかされていると、このままこの人に養われたいと思ってしまう。
心は少しもときめいていないのに。
「ま、疲れてるんでしょ。
「はなやすめ……? みこと?」
他の人からは聞いたことのない単語に疑問を返すと、旦那は相好を崩して、そうだよ、と頷いた。
たまに聞くと、なるほどと思うようなうまい表現があるけれども、私はなかなか覚えられずにいる。そもそも三千もある造語ってどういうことかと思う。
けれど、旦那はその「はなやすめ」なる未言の意味を言うつもりはないようで、私が作った夕食を温め直している。これで話は終わりのつもりらしい。
私はたっぷりの不満と自分への嫌悪を抱きながら、ひとまず、旦那の食事を整えるのを優先した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます