第19話 放課後の部室棟で⑤

 おかしい。俺は真っ当に反論したつもりだったのに、なんだか逆に俺のほうが言い負かされそうな勢いだ。それとも俺が気づいていないだけで、俺の言い分に非があったのだろうか。あるいは俺の言動そのものに致命的な問題があったのか。そう考えると、だんだん自信がなくなってくる。心の中に焦燥が堆積する。おまけにカメラのレンズと佐橋の瞳の両方を同時に差し向けられ、俺は精神的な逃げ場を失っていた。そんな俺と佐橋のやり取りを見て閼伽野谷が笑う。

「なんだよお前ら、人前でイチャイチャしやがってよ」

「お前にはこれがイチャイチャしてるように見えるのか?」

「そうとしか見えないが、違うのか?」

「断じて違う!」

 俺は閼伽野谷に抗議する。しかし、閼伽野谷が茶々を入れたことで俺と佐橋のあいだの緊張がいくらか緩和されたのは救いでもあった。少なくとも、佐橋と二人きりでいるしかなかった昨日の夜とは状況が大きく違う。


「ははっ、悪い悪い。でもさ、佐橋さんもわざわざ部室棟のこんなとこまで来るなんてな」

 閼伽野谷は俺をいなしつつ佐橋にも話を振る。

「ここの部室なんて校舎から一番遠いし、普通は用事ないだろ。もしかしてあの噂って一年生にも結構広まってるってことかな」

「噂、ですか?」

「違うのか? あ、もしかして映画部の活動のほうに興味があったり?」

「何の話ですか? 映画部とは?」

 閼伽野谷はあれこれと話題を広げようと試みるが、対する佐橋は無感動に目をしばたかせるばかりだった。

「映画部だよ映画部。この部室を使ってた部活。もうやってないけど」

「『映画部』……表のドアには『廃部』とありましたが」

「そうそう。三年前に廃部になったんだよ。だからいまはもうない」

「三年前に『映画部』から『廃部』になった……ということは、ここはいま『廃部』の部室であって『映画部』の部室ではない。そういうことでしょうか?」

「あー、うん? 廃部の部室というか、いまはどこの部活も使ってないから」

「そうなのですか?」


「ああ。ただでさえ古くてボロボロだっつうのに、おまけに曰く付きだからな。ここはずっと元・映画部の部室のままなんだ」

「そうなんですね」

 なんだか微妙にずれた会話だが、教えたがりの性分の閼伽野谷はあまり不自然に思っていないようだった。そして言うまでもなく、会話の最中は佐橋のカメラは閼伽野谷に向けられている。横にいる俺は、まるでドキュメンタリー番組の取材を見学しているような気分だった。

「なるほど。おおよその事情はわかりました。ですが、いずれにしてもここが何らかの部活の部室であることに変わりはないのですよね?」

「あ、ああ、うん。まあ、そうだが」

「でしたら、やはり何も問題はありませんね。ねえそうですよね、漆野先輩?」

「え」

 できればこのまま俺のことは放っておいてほしかったのだが。

 しかし、佐橋のカメラはすでに俺のほうに向いていた。


「先輩、前に言ってましたよね。ただ動画を撮影する部活とは何なのかって」

「いや、俺はそんなこと——……」

 言ったかもしれない。正確には覚えていないが、昨日の佐橋とのやり取りの中で、似たようなことを言ったような気はする。しかし、もしそうだとしてそれが何だというのか。

「ここは映画部の部室なんですよね」

「……そうらしいな」

「そして、私たちは先輩と後輩の関係です」

「まあ、学年の違いだけ見ればそうだが……」

「でしたら、映画部の先輩と後輩がただ動画を撮影していたとしても、それはれっきとした部活動の一環。そういうことになりませんか?」

「いや、そういうことにはならないだろ」

 俺は否定する。

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