20-博士と生徒さん
カロリナと共に、ジグムンド=ウォールト・アマルファグス博士が入ってくる。
数年ぶりだが、長い顔は変わらない。
生真面目な表情で、カロリナと並んで私の正面に座る。
「大学は、生徒さんと個人的な関係を結ぶつもりはありません」
重々しい第一声に息をのむ私を見て、博士は口元をゆがめ、穏やかに笑った。
「ただ、これまでの生徒さんとの腕輪プロジェクトはとても良い仕事だった。だから、力を得た生徒さんと、より良い仕事がしたい」
意外すぎて、ぽかんとする。
――発現した魔法のことで、詰問されると思っていたのに。
「私たち年長者は、本来の相談相手であるジェレミーさんより多くの経験を積んでいます。だから、彼とは違う立場から生徒さんの悩みを深く理解し、支えになれると考えています」
その言葉に、少し肩の力が抜けた。
ジェレミーのどこか単調でわかりづらい説明を思い出す。
そして……何より、個人的な関係が、かえってジェレミーに伝えるのをためらわせ、私はカロリナに相談した。
だから、思い切って博士に質問した。
「発現を伝えて、大学に協力する。そうしたら、私に関わること全部、隠さず話さなきゃいけなくなりますか?」
博士は「ふうむ」とうなり、背を丸めた。
不器用な仕草だったが、そこに宿る真剣さが緊張していた私を勇気づけた。
「……どんなことを隠したいのですか? それも言いたくない?」
博士の問いに、私は一瞬ためらい、静かに答える。
「はい……ただ……言いたくないだけです」
本当は、「前世で他人を傷つけた」と知られたくない。
――今世では、誰も傷つけないと決めたから……。
博士はうなずき、落ち着いた声で続けた。
「発現者の考えている内容の共有が必要になる場面はありますが、私たちはいまの生徒さんにそれを求めません。無理なく協力できることが大切です」
――やはりこの人の説明、私には分かりやすい。
「鋲の交換の時みたいに?」
「ああ……はい、そうです。もし、生徒さんにすべてをさらけ出させるなら、それは実験動物の扱いになります」
カロリナが小さくうなずく。
博士が話を続ける。
「ただし、ジェレミーさんと生徒さんは個人的な関係がある。ジェレミーさんが生徒さんの内面に踏み込む可能性は高い」
――それが、一番怖い。
前世の記憶は、絶対に知られたくない。
「……私はジェレミーの役に立ちたい。応じたい気持ちと、守りたい秘密。その板挟みがつらいのです」
言葉にするうち、少し気持ちが整理されてくる。
博士は深くうなずき、提案した。
「では、こうしましょう。秘めたいことは秘めてください」
「へっ……?」
思わず変な声が出た。
「ジェレミーさんは、生身の人間を扱う案件に慣れていない。無理に踏み込むようなら、私たちが止めます」
博士は、ジェレミーの実績を静かに語った。私は、大部分の案件が「人間不在」の傾向がある根拠を分かりやすく説明され、納得する。
例外は学友の仕事? そこで恋に落ちたことは、ジェレミーの秘密……だろう。
「生徒さんの秘密に踏み込む必要が生じても、判断はジェレミーさん個人ではなくチームで行います。必要不可欠と結論が出た場合のみ理由を説明し、最終的に話すかどうかはご自身に委ねます」
「あの……私が決めて良いのですか?」
おそるおそる尋ねると、博士は深くうなずいた。
不安が、ふっと和らいだ。
けれど、心はまだ晴れない。
頼りたい気持ちと責任感に挟まれ、私は博士の言葉を待った。
博士は表情を緩めて、柔らかく微笑んだ。
カロリナもそれを見て、コクコクうなずく。
カロリナはいつも、私の味方だった。
「生徒さんにとって大切なことなのでしょう。信頼して、その判断を尊重します」
うれしくなって、背筋を伸ばした。私は、子ども扱いされていない。
自分の判断が認められている。
いつの間にか「ふたつの人生」のことを書いた帳面に手を置いていた。帳面に視線を落とす。
博士の視線もそこに向けられていることに気づき、私は身を固くした。博士は静かに言う。
「その帳面に何か書いているのかな?」
ビクッとして手を離した。
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