13-しっかりしてきたね

 ジェレミーは少し間を置いた。そして、静かに私を見つめた。そのまなざしには、成熟した知性が感じられた。

 

「キャビの魔力量と、たまに見せる行動の大胆さがね。研究で分かった条件に一致してるんだ。だからね、魔王の天賦魔法発現のおそれについて、説明に来た」

「お、おそれ? 怖いの?」

「うん。怖い。念のため気にしておいてほしい」

 

 ジェレミーは穏やかに私を見つめ、続けた。

 

「今のキャビに何か兆候が出ているわけではない。しかし、もしものために準備しておくのは大事だよ」

「……準備って?」

 

 私はすがるように問いかけた。

 

「発現するとき、脳内に魔王のささやきを感じるという記録がある。そして、その後大きな力が使えるようになるのだ」

 

 ――よくわからない……。

 

 ジェレミーは一瞬、視線を泳がせた。少し考え込み、それから話を続ける。

 

「たとえば、『突風』っていう天賦魔法がある。過去に魔王のささやきを受けた人が、村を……ひとつ、崩壊させたことがある」

「村を……?」

 

 ジェレミーは淡々と続けた。

 

「記録によると、千人規模の住民がいた。しかし、発現者が魔王の誘いに乗ってしまって……その結果、全員が瓦礫の下敷きになった」

 

 頭がぐらりと揺れる。私は無意識に腕輪を握りしめた。

 

「魔王の天賦魔法の突風、先読み、豊穣、魅了……」


 私の集中力が、ふと途切れた。

 ――ジェレミーは怖い話をしているはずなのに、なぜこんなに単調なのだろう。

 

「どれも、一国を傾かせるほどの力だ」

 

 ようやくメリハリをつけたジェレミーの声が固くなる。

 その言葉の重みが、魔王の天賦魔法の恐ろしさを一層際立たせていた。

 

「……魅了って、たとえば? えっ、もしかして人が私の言うことをすごく素直に聞いてくれるとか?」

 

 私は期待を込めて尋ねた。

 ジェレミーは、ちょっと浮かれた私に眉をひそめ、冷たく言った。

 

「魅了をかけられた異性は、理性を失い……性的に駆り立てられる」

 

 ――性的?

 胃の奥がむかむかする。私は目を伏せ、腕輪をくるくると回した。

 

 豊穣や先読みも、それぞれ危険をはらんだ大きな力とジェレミーが説明する。

 安易に使うと国を滅ぼしかねないらしい。

 

「キャビの魔力量を考えると、制御は難しいと予測できる」

「えっ……怖い」

「だから、もし何か違和感を覚えたら、すぐ知らせて」

「いいの?」

「はい、むしろ必ず知らせてほしい」

 

 ジェレミーの言葉に、少しだけ安心する。

 

「でも、もし本当に発現したら……どうすればいいの?」

 

 ジェレミーは気遣わしげに私の両手首の腕輪を見て、励ますように言った。

 

「幸い、キャビは腕輪プロジェクトに参加している。腕輪は、ジグムンドさん……アマルファグス博士が開発した魔導具だ」


 私はうなずいた。


「ジグムンドさんと相談済みだ。魔導具の助けで、ある程度は落ち着いた対処が出来るはずだ」

 

 さっきまでは少し怖かった。でも、いまは違う。

 ――この腕輪が、私を落ち着かせてくれる。ジェレミーと博士が気遣ってくれている。

 

「キャビが過去の発現者と違うのは、腕輪を持っていること。だからね、たぶん大丈夫。しかし、何か異変があったらすぐ知らせること。それが大事だよ」

 

 ジェレミーの目を見て、私はうなずいた。

 

「魔王の誘いは、先ほども説明した脳内に流れ込んでくるささやきのようなものらしい」

「ふーん。そっかあ……」

 

 ジェレミーは念押しするように言った。

 

「何かあったらすぐ知らせてほしい。それだけは絶対に守って」

 

 私はゾクリとしながら、小さくうなずく。

 

「本当に……魔王が誘うの?」

「記録にはそうある。気持ちが揺らいだとき、魔王のささやきが忍び込み、発現の契機になることが多いようだ」

「心を乱さず生きるようにするわ! ……なかなかそうはいかないだろうけれど」

 

 そう言うと、ジェレミーは少しだけ笑った。

 

「いまのキャビなら、きっと大丈夫だと思う」

 

 その言葉に、少しだけ救われた気がした。私は質問した。

 

「もし発現して、報告したら、私はどうなるの?」

「魔術大学が研究協力を要請する。そのときは、私が付き添うよ」

 

 ジェレミーは最後にもう一度、私を見つめて念押しした。

 

「発現したら、絶対に知らせると約束して。キャビを必ず守るから」

 

 私は「うん、約束する。よろしくね」と答えた。

 

「キャビは、なんだかしっかりしてきたね」

「そうかな?  ありがとう」

 

 私は少し照れて、へろっと笑った。


 ――でも、それだけ?

 もう少し、たとえば「頑張ってるね」とか、「努力してるんだね」とか……そういう言葉があってもいいよね?

 今日も、前身頃に自分で刺繍したお気に入りの服を着てきた。

 デビュタントの時にはほめてくれた。でも、今日はどうやらそれどころではないみたい。

 それとも……ジェレミーにとって私は、そんなふうに言葉をかけるほどの相手ではないの?

 

 そんなことを考えてしまった自分に気づいて、ちょっと苦い気持ちになり、お茶の香りで紛らした。

 


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