第13話 さみしさを埋めるもの

 Alice*Doll雑誌の撮影日。控え室。


「え、待って、変な顔のフィルター、新しいの出てるよ」


 メンバーのユイとサクラがスマホを突き出す。


「しずにやろうよ!」

「やめて……」


 眠たげに拒否したのに、有無を言わずスマホを向けられる。

 映ったのは、ヒゲ面のおじさん顔のしずく。


「ぎゃははは!」

「しず似合ってるー!」

「もー……」


 しずくはスマホを押し返すけど、つい吹き出してしまう。

 メンバーたちの笑い声はどんどん大きくなる。気づけば耳が少し痛い。

 年下メンバーのしずくはこうやって悪ふざけでよくいじられる。


「ちょっと、笑い声、廊下まで響いてるよ」

 マネージャーに笑いながら注意されると、余計にメンバーはケラケラと笑いが止まらなくなった。


 ――ふと一瞬、笑い声が遠くに感じた。

 胸の奥には、誰にも見せていない空洞。

 そこに冷たい風が吹き抜けるようだった。


「じゃあ次、ユイとアイ撮影ね。ユウナとサクラもスタジオでスタンバッてて」

「マイカとルナは今日は撮影終わりだから解散で」


 スタッフの声がスタジオに響く。呼ばれたメンバーが「はーい」と立ち上がり、にぎやかに出口の方へ歩いていく。


「行ってくるねー、しずとマイカ、お疲れ〜」


 メンバーからの背中越しの声にしずくは振り返り「おつかれ」と言ってふっと笑う。


***


 控え室に残ったのは、マイカとしずくだけ。

 メンバーたちがバタバタと出ていった後の空間は、妙に広く、がらんとしている。


 マイカは、長い髪を耳にかけながらソファに深く腰を落とした。

 ライターの音が小さく響き、煙草に火が灯る。赤い光がほんの一瞬、横顔をかすめる。


「……はぁ。疲れたー」


 そう呟いて、マイカは天井を見上げるように煙を吐いた。

 しずくも隣に腰を下ろし、ペットボトルの水をひと口だけ飲んで小さくため息をついた。


(……おねーさんと、ぜんぜん話してないな)


(話しかけても、なんか逃げちゃうし…)


(あのとき、自分がルナだって言わなかったら……今も普通に笑えてたのかな)


 視線を落とすと、マイカが煙を吐き出していた。


「……ん、なんかしず元気なくない?」

「そんなことない」

「うそ。バレバレだよ」


 煙をくゆらせながら、マイカが横目で見てくる。

 しずくは少しだけ迷ってから、ぽつりと口にした。


「……となりにいると、息がしやすい人が……いて」

「最近、あんまり話せてないから…」 


 気づいたら、胸の奥に浮かんでいたのは――あの人の顔。


「ふぅん」


 マイカは一つ煙を吐き、くすっと笑って、タバコを灰皿に押しつけた。


「……なんか、嫉妬するんだけど。しずが他の人の話すんの」

「……遊びのくせに?」


 強がって返した声が、思ったよりも震えていた。


「その人のこと好きなの?」

「すき……とは違うかも。そういうのわかんない」

「…でも、寂しいんだ?今」

「うん…それはあるかも」

「じゃあ埋めてあげる」


「…誰か来たらどうすんの」と言い終わる前に、マイカの手が伸びてきた。


 頬をなぞり、顎をすくい上げられる。

 唇が触れた瞬間、しずくは思わず顔を引きかけた。けれど次の瞬間、強引に塞がれてしまう。


「……っ、ん……っ、や……っ」


 舌が押し込まれ、濡れた音が空気に滲む。

 ぬるりと絡む感触に、肩がびくりと震えた。 

 必死に首をひねっても、唇は逃げ場を失う。


「……んっ……」


 息を奪われるたび、胸が苦しげに上下する。

 抗うように手を動かしても、その動きを簡単に封じられる。長く続く口づけに縫いとめられてしまう。合間に落ちるマイカの熱い息が、喉の奥まで侵入してくる。


 やがて唇が離れる。


「……しず、ほんと可愛い」


 低く笑った声とともに、マイカの唇が首筋へ降りてくる。反射的に肩をすくめても、押さえつけられたまま逃げられない。


「や、だ……っ」


 ちゅ、と音を立てて吸い上げられる。二箇所、三箇所と熱い痕が刻まれていくたび、胸の奥がざわめいた。


「"その人"にキスマーク気づかれるの、怖い? 想像しただけでゾクゾクするね」

「……っ」


 耳に近づいた囁きが、背筋を冷たく撫でていった。

 首筋に残された印が急に重たく思え、胸をザワザワとかき乱した。


***


 夜のアパートへ戻る道。


 階段の前に、ふいにいつものおねーさん――はるかの姿を見つけた。


(……声、かけたい)

(でも……首のあと、見られたら……なんか、いやだ)

(別にバレても困ることじゃないのに……なんでだろ)

(話したいのに……足が動かない)


 足が止まる。

 喉まで出かかった声を押し込めて、視線を逸らす。


 胸の奥で「話したい」と「隠したい」がせめぎ合い、そのままコンビニの明かりに逃げ込む。


 コンビニの商品を手に取る手のひらが震える。肩をすくめても胸の重さは消えない。


 コンビニを出た後の夏の夜風は少し冷たく感じて。だんだんと胸の中の後悔が濃くなっていった。

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