第13話 残響日和
――黒の残響・Re:Echo 番外編小説
春の風が前橋市を撫でていた。 桜の花びらが舞い、川のせせらぎが遠くから聞こえる。 蓮は、広場のステージに立ち、ピアノの鍵盤にそっと指を置いた。
「この音が、誰かの心に届くなら――それだけでいい」
彼の声は、誰に向けたものでもなかった。 ただ、空に向かって放たれた祈りのようだった。
隣では真琴がマイクの調整をしていた。 彼女は、音の“記録者”として、祭りのすべてを残そうとしていた。
「音は一瞬だけど、記録すれば永遠になる。 だから、私はこの瞬間を残したい」
その言葉に、美月が微笑みながら詩のパネルを並べていた。 風に揺れる言葉たちは、まるで空に語りかけているようだった。
「言葉も、音と同じ。 誰かの心に触れたとき、初めて“響き”になる」
そして、剛が太鼓を担いで走り回っていた。 彼のリズムは、祭りの空気を温めていた。
「押忍!音は筋肉の鼓動! 祭りは魂のトレーニング!」
蓮は笑いながら言った。
「剛が走るだけで、音が生まれるな」
祭りが始まると、街の人々が続々と集まってきた。 子どもたちは蓮のピアノに合わせて歌い、 年配の女性は美月の詩に涙を浮かべていた。
「この詩、亡くなった夫のことを思い出しました。 音って、記憶を呼び起こすんですね」
美月はそっと微笑んだ。
「詩は、誰かの心の奥にある“音”を言葉にするもの。 それが届いたなら、嬉しいです」
剛は、筋肉リズム体操を披露し、 子どもたちと一緒に太鼓を叩いていた。
「押忍!笑いも音だ! 音が響けば、心も体も元気になる!」
真琴は、祭りの様子をライブ配信しながら語った。
「この街の音は、誰かの心の中にも届いてる。 それが“残響”なんだと思う」
夕暮れ。ステージの隅に、ひとりの男が現れた。白いコートを纏ったシオンだった。 彼は、遠くから祭りを見つめていた。
蓮は静かに歩み寄り、言った。
「来てくれて、嬉しいです」
シオンは、少し照れたように答えた。
「音が、怖くなくなった。 君たちの音は、優しいから」
美月が詩を朗読し、剛が太鼓を打ち、 真琴がその瞬間を記録する。
そして蓮が、黒崎の譜面〈Refrain/∞〉を演奏した。 その旋律は、街の空に溶けていくようだった。
シオンは、目を閉じて聴いていた。 その表情は、かつての沈黙とは違っていた。
「音は、壊すものじゃない。 包み込むものだったんだな」
祭りが終わったあと、蓮たちはステージに座っていた。 風が吹き、桜の花びらが舞う。 街は静かだったが、その静けさには“響き”があった。
「今日の音、誰かの記憶になるといいな」
美月が言った。
「押忍!筋肉にも記憶はある!」
剛が笑う。
「この瞬間も、残響になる。 未来の誰かが聴くかもしれない」
真琴がつぶやく。蓮は、静かに言った。
「音は、争いも悲しみも越えて、 こうして“日常”になる。 それが、いちばん強い響きだと思う」
シオンは、遠くからその言葉を聴き、 そっと目を閉じた。
夜空に、静かな旋律が響いていた。 それは、誰かの心に残る“音のある日常”だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます