【祝 310PV突破!】黒の残響

まな板の上のうさぎ

黒の残響

第1話 沈黙の街

前橋市の夜は、妙に静かだった。 ネオンは瞬き、路地裏には猫が寝そべり、そして――神崎蓮はカップ麺をすすっていた。


「……うん、やっぱり夜のカップ麺は、情報より熱いな」


元刑事、今は探偵。 蓮は、かつての相棒・佐伯の死の真相を追っていた。警察は「事故」と片付けたが、蓮は信じていない。佐伯は何かを掴んでいた。裏社会の何かを。


「さて、そろそろ行くか。真琴のとこに」


彼が向かったのは、情報屋・桐生真琴のアジト。 場所は、なぜか廃墟になったボウリング場。入り口には「営業中」の札がぶら下がっているが、誰も営業していない。

蓮が扉を開けると、真琴はパジャマ姿で逆立ちしていた。


「おう、蓮。来たか。逆立ちしてると血が脳に集まって情報が整理されるんだよ」


「……お前、いつもそれ言ってるけど、整理された試しないよな」


「それはお前の脳が整理されてないからだ」


「俺のせいかよ」


二人は幼馴染。 蓮が刑事になった頃、真琴はすでに裏社会の情報屋として名を馳せていた。IQ180。だが、服は着ない主義。パジャマが正装。


「佐伯の件、調べた。やっぱり鷹龍会が絡んでる。若頭の鷹取剛が動いてたらしい」


「鷹取……あいつ、まだ“押忍”しか喋れないのか?」


「進化したぞ。“押忍”と“任せろ”の二語を使い分けるようになった」


「語彙力の進化が微妙すぎる」


蓮は笑った。 でも、心の奥では冷たいものが渦巻いていた。佐伯の死。鷹龍会。裏社会の闇。そして――あの夜の“裏切り”。


「真琴。俺、鷹龍会に潜る」


「は?」


「剛に会ってくる。情報は現場で拾う」


「お前、また筋肉で殴られるぞ」


「それでもいい。佐伯のためだ」


真琴はしばらく黙っていた。 そして、冷蔵庫からプリンを取り出して言った。


「じゃあ、これ持ってけ。剛はプリン好きだ。交渉材料になる」


「……お前、情報屋っていうか、ただの友達だな」


「違う。俺は“情報で友情を築く男”だ」


蓮はプリンを受け取り、ボウリング場を後にした。 街はまだ沈黙している。だが、その静けさの奥で、何かが蠢いていた。

そして、蓮の背中に、真琴がぽつりと呟いた。


「蓮……裏切るなよ。俺は、もう誰にも裏切られたくない」


蓮は振り返らなかった。 でも、その言葉は、カップ麺より熱く、心に染みた。

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