二頁「こは、導星あらんや?」

 廃ビルの影に潜む冷たい気配。

 その場に降り立った帆瑞ほずいは、茉代ましろうながされるまま足を進めた。

 ――傷だらけでぼろぼろな少女が無数の黒服たちに囲まれ、銃口を向けられている。

 その光景に目が釘付けになる。

 背後に潜む茉代ましろの気配が動いた瞬間――気づけば帆瑞ほずいは無防備なまま、敵の目前へと押し出されていた。

(……はあ!?)

 ひびが入り、くすんだコンクリートの床に手をついた帆瑞ほずい

茉代ましろさん!? 一体何を――!」

 帆瑞ほずいの叫びが茉代ましろの冷たい視線にかき消される。

 帆瑞ほずい茉代ましろのあまりの気迫に口をつぐんだ。

 少女が茉代ましろとグルなのかとも帆瑞ほずいは思ったが、帆瑞ほずいと目が合った少女の顔には、困惑の表情が見て取れた。

 その時、帆瑞ほずいの耳を鋭い金属音が貫き、その音に導かれるように顔を上げる。

 目の前に迫る敵の刃が月光を受けてきらめき、帆瑞ほずいの心臓を冷たい恐怖で締め上げた。

 とっさに地面を蹴り、敵から距離を取るため後ろへ飛んだ。

「逃げるな、力を使え!」

 茉代ましろの声が裂くように響き渡るも、帆瑞ほずいは未だ恐怖の渦中に囚われていた。

 だがそれでも腕を伸ばし、念力で瓦礫がれきを手繰り寄せる本能的な動きは、自身を守ろうという強い意志の表れであった。

 瓦礫がれきが動いた音は敵を止めるには弱々しく、無力さをあらわにする。

(……でも、茉代ましろさんの顔をちょっとでも歪ませないと気が済まない!)

 遠くにあった鉄柱が爆音と共に引き寄せられ、荒れた地面をえぐりながら敵へ迫る。

 その轟音ごうおんに敵は動きを止めたが、帆瑞ほずいの脳内を駆け巡る感覚が新たな扉を開く。

抜錨引糸ばつびょういんし』――その聞き馴染みのない言葉は、帆瑞ほずいの能力そのものを形容するかのようだった。

 恐怖と使命感が交錯する。

(これで、終わらせる!)

抜錨引糸ばつびょういんし!」

 荒れた両手を広げた帆瑞ほずいの眼前には瓦礫がれきと廃材が旋風せんぷうのように渦巻き、敵を飲み込む。

 凄まじい力は敵を次々と打ち倒し、粉塵ふんじんと爆音が荒廃した空間を満たしていった。

 荒ぶる息遣いの中で静かに立ち尽くす帆瑞ほずい

 その足元には倒れた敵の群れ。

 そして帆瑞ほずいの胸には、初めて実感した力の豪快さと、心の奥底に芽生える得体の知れない感情が宿っていた。

(……やっぱりまた、離れてっちゃうのかな)

 帆瑞ほずい茉代ましろの目を見ることができなかった。

 茉代ましろの冷たい視線が脳裏に焼き付いたまま、帆瑞ほずいの意識は徐々に薄れていく――。


 気を失った帆瑞ほずいに歩み寄る茉代ましろ

 茉代ましろの手が帆瑞ほずいの頭に乗せられる。

「やればできるじゃねぇか」と冷ややかな声で囁く茉代ましろの表情には、微かに残る優しい笑みの影が揺れていた。

 

茉代ましろさん!? 何で此処ここに……それにあの子は?」

 ボロボロの少女の問いかけに、茉代ましろは冷静な口調で答える。

「敵の想定戦力に比べて、部隊構成がお前一人。あまりに無茶だと思ってな。王がお前を危険分子と判断して、消そうとしての行動だろーよ」

 少女はその言葉に驚愕きょうがくし、言葉を失った。

「だから、念のため近くの喫茶店で待機してたんだよ。良い拾い物もしたし、丁度良いかと思ってな」

 拾い物――その言葉にすぐに顔色を変えて、少女は茉代ましろに食ってかかる。

「せや!……あんな普通の子を突き飛ばすなんて何しとるんですか!」

 その言葉に茉代ましろはニヤリと笑みを浮かべ、「普通ねぇ……」と意味深な言葉を残す。

 その笑みには、茉代ましろの内に秘めた計算と洞察があった。

 しかし、気絶した帆瑞ほずいにそっと手を伸ばしてぎこちなくでる茉代ましろの姿は、冷徹な表情とは対照的な温かさを感じさせる。

 茉代ましろの冷徹な行動と、その裏に潜む優しさが交錯する。

 突き飛ばしはしたものの、帆瑞ほずいの手当てをする茉代ましろの姿には、合理性と感情の微妙なバランスが垣間見える。

「全く、素直やないなあ」

 茉代ましろの本質が映し出される。

「ほんま『ツンデレ合理屋』やよ。ま、茉代ましろはんは否定するやろうけどな」


 ████年四月二日。

 帆瑞ほずいが目を覚ますと、窓の隙間から朝の柔らかな光が部屋に差し込んでいた。

 ふすま越しに聞こえる遠い街のざわめきが、微睡まどろむような静寂を優しく乱す。

 薄紅の花びらが風にそよぎ、窓からふわっと舞い落ち、たたみに淡い影を重ねる。

 かたわらには茉代ましろの眠る姿があった。

(……童顔だとは思っていたが、意外と整った顔立ちをしてるなぁ)

 そこまで考えたところで帆瑞ほずいの意識がはっきりした。

 現状を理解した帆瑞ほずいは息をんだ。

「な、な、な……!?」

 帆瑞ほずいの喉からはかすれた声だけが漏れ出た。

 その声で目覚めた茉代ましろは、面倒そうに欠伸あくびをしながら身を起こし、ぶつぶつと不満げに呟いた。

「……おいおい、もう少し静かに起きられねーのか? 騒々しい奴だな」

 そう呟く茉代ましろの声は、どこか鼻にかかったような調子だ。

 帆瑞ほずいは慌てたまま茉代ましろに何かを言おうとするが、茉代ましろは察したように口を開いた。

「……此処ここは王国の中枢都市である王都。王国軍の本拠地だ」

 茉代ましろ帆瑞ほずいから目を逸らしながら、弁明するかのように話す。

「いやな、昨日お前が気絶して、かついで此処ここに運び込んだまではよかったんだが……お前を軍に勧誘したこと自体、俺の独断だ。……しばらく俺の部屋に居てもらう以外ねーんだよ」

 茉代ましろはそのまま続ける。

「で、自分の体力と葛藤しつつ、最善の選択をした結果がこれだ」

 既に、茉代ましろに悪びれた様子は一切ない。

 茉代ましろの独特な言い回しに、帆瑞ほずいは呆れつつも深く溜息をついた。

「……まあ、助けてくれたことには感謝しますよ」

 布団から這い出した帆瑞ほずいが尋ねた。

「ところで、昨日のあの方はどうなったんですか? 同じ王国軍の方だったようですが」

 茉代ましろ欠伸あくび混じりに答えた。

「あいつは無事だ。ちーっと怪我が酷かったから、医務室にぶち込んどいたくらいだ。命に別状はない。……それにあいつもいるしな」

「……? それなら良かったです」

 帆瑞ほずいが安堵した瞬間、茉代ましろは突如立ち上がり、帽子をきっちりと被るとこう言った。

「さて、そろそろ行くか」

「……何処どこにです?」

 帆瑞ほずいは不安げに問い返す。

「決まってるだろ。我らが王・ミルドの元へ、な」

 茉代ましろは不敵な笑みを浮かべ、悠然と扉の方へ向かった。

 茉代ましろの足元で木製の床のきしむ音がした。


***


 長い廊下を、茉代ましろは無言でひたすら歩いていた。

 帆瑞ほずいはその一歩後ろで、目のやり場に困りながらぎこちなく付いていく。

 廊下の先、冷たく威圧感を放つ重厚な扉の前で、茉代ましろはふっと足を止めた。

 帆瑞ほずいは急に止まった茉代ましろの背中に激突する。

 「痛っ……もう、急に止まらないでくださいよ」

 文句を言った帆瑞ほずいに、茉代ましろは真面目な顔を返した。

 その様子を見て、冷たい汗が帆瑞ほずいの背を伝う。

 鼓動がやけに大きく響く。

 足元の床板が、ぎしりとわずかにきしんだ気がした。

「ん゛~まあ大丈夫だろ、怖い顔はしてっけどな」

 その場の空気を軽くしようとしているのか、茉代ましろは手をひらひらとしながら飄々ひょうひょうと言った。

 緊張の原因を作ったのは茉代ましろだというのに。

 茉代ましろの雑すぎる励ましに、帆瑞ほずいは思わず肩の力が抜ける。

 帆瑞ほずいはくすりと笑みを漏らしつつ、短く一度頷いた。

 その言葉は、帆瑞ほずいの緊張をほぐすには十分すぎる効果があった。

 冷たい空気を切り裂くように、茉代ましろの扉を叩く音が廊下に響き渡った。

 その直後、「入れ」と威厳のある声が中から返された。

 茉代ましろは一切躊躇ちゅうちょすることなく重厚な扉を押し開け、帆瑞ほずいを引き連れて部屋へ足を踏み入れた。


***


 部屋の中は静寂が支配し、まるで時間が止まっているかのようだった。

 扉の閉じる音が響くと、茉代ましろは一歩前へ進み、帆瑞ほずいはその背後に控えて立った。

 その二人を対面するのは、この王国の頂点に君臨する王。

 青のアクセントが入った軍服を着た王の――その冷ややかな視線が二人をじろりと射抜いた。

 茉代ましろは口を開いた。

「王、反乱軍傘下の組織襲撃の件で報告に上がりました」

 王は眉をひそめ、「その件はお前ではなく、ツヾルつづるを派遣したはずだが?」と問い返す。

 その鋭い目はまるで全てを見透かすようだ。

 だが、茉代ましろは怯まず応じる。

「私が昨夜現場の近くにいまして、偶然ツヾルつづると合流しました。今ツヾルは医務室で治療中ですので、私が代理として挙がった所存です」

 どうやら、廃ビルで助けたあの少女の名はツヾルつづると言うらしい。

「……偶然、か」

 王の視線がさらに鋭くなる。

 しかし、茉代ましろは気後れすることなく話を続けた。

「こちら側の被害はツヾルつづるの重傷のみ。敵は全員処理済みです」 

「ほお? して、貴様の横にいる者は?」

 そして、王の鋭い視線が帆瑞ほずいに向けられる。

 茉代ましろは少しだけ滑稽こっけいな口調で語り始める。

「先ほどの件で、私が現場へ到着する前にツヾルつづるを守りながら応戦し、敵を殲滅せんめつしたのがこの帆瑞ほずいです。身寄りもないようでしたし、私は彼女の才能と覚悟を認め、配下に置きたいと考えております」

 事実と嘘を器用に織り交ぜる茉代ましろ

(……この人、さては随分と嘘に慣れているな)

 王がじろりと帆瑞ほずいの方を見据えた瞬間、帆瑞ほずいの肩が微かに震えた。

 それを見て取った茉代ましろは横目で帆瑞ほずいの方をちらりと見やり、「大丈夫だ」と小声で囁いた。

 王は短い沈黙を挟み、二人の様子を観察していた。

 その空気は濃密で重く、まるで圧力そのものだった。

 しかし遂に、王は重い口を開いた。

茉代ましろ、お前の判断を信じよう。そして帆瑞ほずい、あの場で勝ち残ったということは、それだけの価値があると考える。覚悟を、自身の価値を証明してみせろ」

 その瞬間、帆瑞ほずいは小さく息を吐き、深く頭を下げた。

 茉代ましろもそれに続いて感謝の言葉と共に礼をし、「それでは失礼します」と言いながら部屋を後にした。

 冷たい廊下の空気が二人を包み込む中、茉代ましろ帆瑞ほずいの肩を軽く叩き、「ほら、言っただろ?お前ならできるって」とコミカルな調子で言った。

 帆瑞ほずいは少し微笑み「ありがとうございます」と答え、茉代ましろは満足げに頷いた。

「別に構いやしねー。ただ、こっからが本番だぞ」

 茉代ましろはぽつりと呟く。

「『青き星を覆ひし二度目の厄災に備えて』ってな」

 その言葉は帆瑞ほずいの耳へ届くことなく、宙に消えていった。

 

***


 二人が部屋を出た後、王は冷え切った王座に腰掛けながら静かに笑みを浮かべる。

 盤上に並ぶ二本のルーク――そのうちの一本はすでに倒れ、無言のまま転がっていた。

 残されたもう一本は、静かに立っている。

 孤独に、しかし揺るぎなく。

 王の指先がそっと触れる。

 軽く弾かれたルークは揺れ、音を立てて倒れた。

 倒れたルークの影がまだ残るその場所に、新たな駒が置かれた。

 ポーン――戦場の最前線を行く者。

 「せいぜい捨て駒として、役割を果たしてもらうとしよう」

 その言葉には冷たさが滲んでいた。


***


「さーてと、これでお前は名実ともに王国軍の一員だなぁ」

 茉代ましろは腕を頭の後ろで組みながら、ニンマリと笑う。

 帆瑞ほずいには大仕事をやり遂げた英雄のように見えたが、見た目はむしろ緩んだ猫背の学生だ。

「ところで、私の所属は何処どこになるのですか?」

 帆瑞ほずい茉代ましろの隣で尋ねる。

「確か、茉代ましろさんは殲滅せんめつ部隊でしたよね?」

「あー、それのことだがな」

 深刻そうな声色だった。

 茉代ましろは歩いていた足を唐突に止め、ピタリと振り返った。

「……まぁ、それより大事なことがあんだよなぁ~?」

 急に意味深な表情を作る茉代ましろ

(……私は何か不味まずいこと聞いたのか?)

 内心焦りながらも、なんとか冷静を装う帆瑞ほずい

 すると茉代ましろは、急に大きな声を発して手をパチンと叩いた。

「宴会だ! そーれ行くぞっ!」と叫びながら、意味もなく廊下をスキップする茉代ましろ

「え、宴会!?」

 唐突な宴会宣言に帆瑞ほずいは目を丸くした。

 茉代ましろに右手を引かれ、転ばないように慌てて小走りでついていく。

 目を輝かせ、茉代ましろは続ける。

「新入りは歓迎されるべきだし、酒は百薬の長だって言うだろ?」

「私未成年ですけど!?しかも歓迎されるっていうか、それ絶対茉代ましろさんがお酒飲んで騒ぎたいだけじゃないですか!」

 そんな帆瑞ほずいのツッコミも茉代ましろには通じない。

 腕を振り回しながら「宴会!」と叫び続ける茉代ましろに、もはや帆瑞ほずいはただついていくしかなかった。

 こうして帆瑞ほずいの王国軍生活は、少しの不安と少しの笑いに包まれた形で幕を開けたのであった。

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