第9話 移籍で拗れる人びと(毎年恒例)

 今夏も移籍話でゴネる選手が何人かいる。



 一般的に契約とは守られることが前提で、それを違える時には、ペナルティが発生する。そういう取り決めだ。


 サッカーの世界では契約者本人がサッカーばかりやってた故か細かい条項云々とかいった話ではなく、もっとストレートに契約を結んでいる状態そのものがよく問題になる。

 契約を満了すること自体が少ないからか、選手が単純だったりちょっと馬鹿だったりするのか、契約を遵守しようとする気持ちが希薄に感じられる。更に言えば契約違反の行為をしても、罪悪感が見られないことが多い。

 

 かつてのウスマン・デンベレなんて酷かった。移籍したくなったら、在籍チームの要請を無視して自分勝手にモラトリアム期間に突入してゴネた。自分が悪い事をしていると認識出来ていたのかも怪しい。


 それでもしも『俺は俺の意のままに生きる』とかカッコつけて言ってたりしたら、幼稚なんてもんじゃ済まない。


 そんな選手の契約で億単位の金がポンポン動くサッカー界は、複雑怪奇の一言では言い表せない。



 在籍中のスタッド・ランスが2部降格した中村敬斗もその渦中の1人で、現在チーム帯同をボイコット中だ。

 様々な報道を見ても彼が特に我儘といった印象は受けない。むしろ純粋とかストイックと思う人さえいるかもしれない。

 それは日本人なら彼の目標をすぐに理解出来るからだ。W杯のためだと。


 2部降格したチームは選手の入れ替えが激しい。来期の計画や予算の都合や選手の格でチーム側が抱えきれないと諦める選手もいるが、中村敬斗はガッチリと戦力に数えられた。


 でもこのまま2部でプレーしたら中村敬斗はW杯に出場できない可能性が高い。だから移籍を希望する。

 シーズン中から代理人含めひっそりと2部に落ちたら移籍したいと話し合っていたのかもしれない。

勿論チーム側から約束なんかされないが。


 チーム側にも計画がある。今いる選手を基に足りない部分を補強するだけの予算しかない。現保有選手には契約もある。何も間違ったことはしていない。


 中村敬斗には昨期ある程度以上の活躍・成績を残した自負がある。1部に残っていたとしてもステップアップ出来るチャンスがあったくらいの。

 2部降格したチームからは選手が引き抜きやすいのは常識だから、移籍のオファーも来やすいと思ったのだろう。

 活躍したのだから移籍金もある程度貰えるはずだ、チーム側はそれを使って補強も出来るだろう。だから、出してくれと。


 チーム側としては、そもそも計画に入っている。破格のオファーが来たら考えなくもないが、そんなものは来ていない。

 放出するにも、代役を獲得しないといけない。しかもその代役が上手く機能するかもわからない。そのへんは、ギャンブルみたいなものなのだから。

 放出を認めるにも代役獲得の目途が立たなければいけないし、それにも時間がかかる。

 

 中村敬斗としてはこのチームが嫌になった訳ではない。仲良くなった人や世話になった人もいるだろう。その人達には悪いと思うが、どうしてもW杯でプレーする夢は諦められない。


 おそらくこんなところだろう。この説明がたった一言、『W杯のため』なのだろう。


 もう双方満足出来るような解決ができたら良いね、としか言えない。


 

 アレクサンデル・イサクの場合は少し奇妙だ。そして彼も現在籠城中。


 イサクが移籍希望を公言したタイミングは変に遅かった。昨期終了後や移籍期間開始直後に言えば良かったものを。


 CFがどうしても欲しかったアーセナル。だがイサクの所属先のニューカッスル・ユナイテッドがイサクの移籍を認めていないため、移籍交渉には元々高額だったイサクの移籍金よりもさらに高額の移籍金が必要になると見込んで早々に撤退を決めた。

 

 リヴァプールFCはPL史上最高額でMFフロリアン・ヴィルツを獲得し、さしたる間を置かずCFウーゴ・エキティケも獲得した。これで懸念されていたCFの枠が埋まった。


 イサクが移籍を希望したのはこのタイミングで、明らかに遅過ぎる。

 

 リヴァプールの左WGも空いていないこともないが、コーディー・ガクボというファーストチョイスになれる選手が既にいる。

 イサクは昨期沢山のゴールを決めてみせたが、それはCFとしての実績で、左WGとしての実績ではない。要はゴール数が約束されない。

 その上リヴァプールはCBにも不安を抱えている。

 この状況でヴィルツとほぼ同額の高額移籍金をリヴァプールが支払うのかは疑問だ。

 

 でもイサクはここで動いた。今までは相手チーム側から噂が上がるだけ本人は何も話していなかった。

 むしろこの時まで我慢していたのかもしれない。

だとしたら多分イサクは良い人だ。


 こうなるとイサク側とニューカッスル側との間で何かしらの約束があったのだけれどイサク側が反故にされたのでは、と疑いたくなる。

 もしくは、イサク側が状況を読み違えたか。


 いずれにせよイサクは後手を踏んだのだ、結果として。

 


 さて最後は無事に意中のアーセナルに移籍出来たヴィクトル・ギェケレシュ。だが交渉は意外と時間が掛かった。


 昨期の時点でギェケレシュは移籍待ったナシの選手だった。何処に移籍するかの問題だけで。


 主な候補は2つで今夏移籍したアーセナルとスポルティングCP時代の恩師ルベン・アモリムが指揮を執るマンチェスター・ユナイテッド。


 アーセナルは第一候補だったイサクを諦め、ギェケレシュかベンヤミン・シェシュコのどちらかを獲得しようとした。

 ユナイテッドも似た状況だかチームには既にCFとしてラスムス・ホイルンドとジョシュア・ザークツィーがいた。さらに今夏の移籍期間開幕早々にマテウス・クーニャまで獲得した。

 

 ギェケレシュはアーセナルを選んだ、アーセナルはまだ迷っていたが。


 ギェケレシュはアーセナルについての学習をするばかりか、ロンドン移住の障害になりそうだった恋人と別離してまで移籍に備えた。


 だがここでスポルティングが移籍金を釣り上げ交渉を拗らす。

 これに対してギェケレシュ側は、スポルティングの前任担当者との間で移籍金に関しては既に同意を得ていると声高に主張した。所謂紳士協定だ。



 さてここからがまるでサッカー界では注目を集めなかった、とても興味深いところだ。


 ギェケレシュの移籍はたった1人の契約といえ、最低でも100億以上の金が動く。交渉の行方次第では20億30億以上の上積みも見込める。

 スポルティングはサッカークラブとはいえ一端の企業。経営者はどう動いたのだろうか。


 ギェケレシュとは今回の移籍で縁が切れる。代理人はわからないが、ビジネスの感覚はあるだろう。

今後も今回と似たようなケースの移籍交渉は絶対にある、スポルティングは選手を売る立場のクラブなのだから。ではなにが最善か?


 当たり前の様にギェケレシュの訴えを無視した。紳士協定などと言っても所詮は口約束。証書なんて無いし、あくまで❝前任の❞担当者なのだから。


 まぁそうなる。経営には信や義があった方が良いが、より必要とするのは金なのだ。こんなチャンスを逃すはずが無い。


 こうなると適性価格での取り引きを頑固に求めるアーセナルとの交渉は行き詰まるし、スポルティングも譲らない。

 そこで代理人が手数料を放棄し事実上の値下げとすることで事態を丸く収めた。

 これでようやく移籍交渉成立と相成った。もうギェケレシュは代理人に足を向けて寝られないだろう。めでたしめでたし。


 一連の流れからは、ギェケレシュの熱意と大人としての振る舞いと代理人との間にあるビジネスを越えた関係性が感じられる。

 それを為すギェケレシュはきっと善性の人だ。それだけでアーセナルでの活躍が確定した訳ではないが、チームに溶け込み勝利を目指して努力することは約束されたようなものだろう(それが出来ない選手もいる)。

 シェシュコとの比較で、アーセナルがある時点でギェケレシュ獲得に向けて舵を切ったのも納得だ。


 これだとスポルティング側だけ金に汚い様に見えてしまうが、こんなのは良くあることだ。

 選手側の話にだって、金にまつわる話はある。

かつて超高額のオファーを受けて中国やカタールやサウジに向かった選手達がいた。だがプロサッカー選手といえど一人の人間。生活や家族や将来への不安や引退後の人生設計など色々ある。その決断は批判される筋合いのものではない。

 代理人にも、配下の選手の移籍を頻発させ移籍金でガッポリ稼いで敏腕代理人と呼ばれた人がいた。

 

 

 サッカー界の移籍交渉では商品である選手自体に欲や野心や感情がある故、実に拗れやすい。

 選手数も五万といるから毎年色々起こる、それはもう飽きるほどに。で、今年はこんなと。


 ちなみに今のデンベレは大好きです!

 

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