第33話・僕は俺じゃないが俺は僕である



 正直、ワァヘドを超えて師匠に鍛えられてたくさんの物を託された僕は多少強くなったと思っていた。

 だけど、それは現在進行形で驕りだと気づかされていた。



「あらあら!動きが鈍くなってきたわね、もう踊れないのかしら!!」

「くっ、そ!!少しくらい疲れろよ!」


 戦闘が始まってまだ数分も経過していないが、僕の体も集中、魔力も鈍くなり始めていた。

 相手の二刀流による攻撃は何とか煙の魔法で防いでいるものの、徐々に押され始めて生傷が目立ち始めてきた。



「【煙の魔法.EVL2】…今!」

「残念!アナタ、剣の扱いがへたくそね!」


 追い詰められ、やむを得ないとワァヘドで師匠への復讐を果たそうと作り出した師匠の魔法を模した煙の剣を作りだし振るう。


 だが、レイピアの刺突を弾くことには成功したがサブウェポンのダガーによって易々と弾かれる――かに見えた。


(わかってる、わかってるさ……だから、そうやって僕の剣を弾こうとする時を狙ってたんだ!)


 狙いはこの一瞬、僕の剣がへたくそなのは一目瞭然であれば、その剣を弾いて体制を崩せば動揺が生まれ大きな隙になり今度はもう煙で守る前に殺せる。


 だけど、相手が見逃していたのはこの剣は実体のあるものではなく僕が魔法で作り出したものだということだ。



 スカッ



「なんですって!?」


 つまりは、自由に出したり消したりできるのだ。

 ダガーは空振りになり、解除されたEVL.2はただの煙に変わり奴の顔に迫り包む。



「これで、やっと一撃…ッ!!」


 やっと作り出した最大の隙、ダガーは空振り、レイピアは剣先はこちらを向いているが煙の剣で弾いているので僕の攻撃を防ぐには間に合わない。

 しかし、スキル【第六感】が最初に彼女に出会った時のように首元に警報を鳴らしすんでの所で止めて後方に下がる。



「…あらあら、せっかく私の頬に一撃入れられたのに、優しいのね」


 頬をトントンと叩きながら優しい声色で喋っているが、瞳の奥が全く笑っていない。


「本当に一撃入れられてるんだったらやってる……絶対、ただじゃ済まないくせに」

「ええ、もしあそこでもう一歩踏み込んでいたら殺すつもりだったわ」

「……なるほど、その武器魔道具か」


 さっきから焦ってばかりで全く気が付かなかったが、最初の頃とは異なり僕が隙を作った後レイピアの方から魔力を感じる。

 さっきからレイピアを弾いても剣先だけはこちらを向いていたことからおおよその効果は考察できる。


「その通り、もしあそこで踏み込んでいれば終わりでしたけど……それに、レイピアとダガーには毒を塗っているのですがそれも効かないようですね」

「ッ…容赦がないな」


 おそらく、毒はスキル【剛健】による状態異常への耐性が強力になっているだけだ。

 だが、これは決して無効ではないのであの武器で大きな傷を作ればただでは済まないだろう。



「答えて、どうしてここを狙った」

「答える義理なんてありませんけど……死体は喋れないからいいわよ。端的に言えばこの鍛冶屋が邪魔だって言う人がいるから、私に依頼が来たというわけ」


 大方予想通りだが、やはりここを潰したがっている人がいる。

 その人物が誰かはここに来てまだ日が浅い僕には見当もつかないが、ともかく相手の目的を知れたならあとはこいつを倒してこの場を切り抜けるだけだ。



「……もう一つ聞かせてほしい」

「ん、何かしら?お姉さん、暇じゃないんだけど」

「そんな、躊躇なく人を殺して……心は痛まないのか」



 小休止が終わる寸前、おそらく最後ここでしか聞けないと思い尋ねる。

 僕にとって人を殺すなんてやりたくないし、そもそもできない。


 だが、知りたくもなかったが世界には平然と人を殺せる人がいる。

 それを、ここに来て否が応でも知ることになった。



 本当に不思議だった、なぜそんなことができるのか尊いもののはずの人の一生をそう簡単に奪える物か、奪っていい物かと本気で思っている。



「答えろ、カーア!なぜ、そんな簡単に人の命を奪える!!」

「簡単なわけないじゃない、ちゃんと毎回感謝しているわ。私の今日のご飯になってくれてありがとう、宿代になってくれてありがとう、明日をくれてありがとうって……私が作った死体にね」

「……ッ!」


 もうわかった――他人の死を金に換算しているこいつと僕は決して相容れない。

 ワァヘド同様、話せばわかるとか甘い事言っている場合じゃない。


 正真正銘、彼女の瞳は間違いなく殺人鬼の目だと気づかされた。



「そう、どうやら僕とアンタじゃ価値観がだいぶ違うみたいだ」

「それは残念、私はアナタとは気が合うと思ったのに」

「はぁ!?お門違いもいいところだ!僕は、アンタみたいに人の命を数字に変えたりしない!」

「ちゃんと重みは感じてるわよ」


 それは金としてだろう!と言うツッコミを喉に納め、頭に上った血を冷静に沈める。

 だが、不思議と彼女と気が合うと言われて悪い気はしなかった。



「でも、本当に気が合うと思ったの。アナタは私と同じ、一度振り切ればもう振り返らず進める人間よ」

「そんなわけ!……ないだろ、ないはずだろ!」


 断言すればいいはずだったのに、僕の脳裏に焼き付いていたのはいつぞやのワァヘドの僕の記憶だった。

 僕はそうならないと信じているが実際に“そう”なってしまった自分も確かに存在している。


 その事実が、重く僕の心にのしかかっていた。



「どうかしらね、もし依頼人さんのターゲットにアナタも含まれていないなら仲間にしたいのだけど……」

「はぁ!?」

「冗談よ、さぁ戦いを再開しましょう【エアカッター】」

「ッ、【煙の魔法.EVL2】」


 休止は終わり、靄が頭の中に残ったまま戦いが再開される。

 彼女は以前師匠に見せてもらったような風の刃を繰り出してくるが、こちらもEVL.2になったことで進化した煙の刃で迎撃する。



「魔法にだけ、興味深々だと私…妬いちゃうわ!」

「なら攻撃してくるなよ!【煙の魔法.EVL2】」


 状況が状況なら、可愛い嫉妬のように聞こえる一言も【エアカッター】と煙の刃がぶつかる下を潜り抜けて突っ込んでくると恐怖しか湧いてこない。


 だが、潜り込んできた時点で心臓辺りに【第六感】が反応していたので、今度はワァヘドで石の礫を防いだ時くらいに魔力を込めてレイピアを防ごうと煙の壁を生成した。



「甘い!【エアストライク】」


 だが、レイピアを煙の壁が受け止めた瞬間に魔力がレイピアに集まり放出される。

 すると、あのワァヘドの石の礫すら防いだ壁はたやすく打ち砕かれる。



「これで、おしまい」


 迫るダガーあれが深々と刺されば出血か毒で死ぬだろう。

 しかし、幸いにも相手がどこを狙っているのかは【第六感】でわかる。


 だけど、煙の壁での防御はもう間に合わない。


(おしまいにしてたまるか!足に…全力で!!【身体強化の魔法】)


 ならばと、最後のあがきと言わんばかりに足に精一杯力と魔力を込めてまるでばねのようにぶっ飛んだが、止まれずカウンターの方の壁に強く体をぶつけることになった。



「……なるほど、先ほどから実力の割に回避は上手だと思ったけど、私の攻撃する場所がわかるスキルを持っているという事よね」

「な、何のこと…」

「誤魔化さなくていいの…でも、どうやらわかるだけで絶対回避と言うわけじゃない。なら、回避できない攻撃をすればいい」

「ち、ちなみにどうやって…?」


 悪魔のような笑みをした彼女がカウンターに近づいて来る。

 一歩、一歩こちらに進むごとに冷汗が滲むのがわかる。


 それだけじゃない、壁にぶつかったせいで体は痛いし、魔力もほとんどない。




「そ・れ・は……無理やり突破口を開くのよ!」

「やれるもんならやって見ろよ!!【煙の魔法.EVL2】」


 傷ついた体に鞭を打ちながらなんとか立ち上がり、カウンターの乗り越えようと跳躍した彼女に向かって最後のあがきとして自分が込められる最高硬度の拳を模した煙を作り出し突撃させる。



「こんなもの!【エアストライク】」

「砕けるかぁ!いっけぇぇぇぇ!!」


 レイピアから放たれる【エアストライク】の直撃を食らってなお拳は砕けず、カウンターを飛び越えるためとはいえ跳躍してしまった彼女に回避する手段はなかった。


 その後、向かう拳は広がりは彼女をこの店の屋根と壁の間に打ち付けその体の動きを止めた。



「…やったのか」


 正直当たったのは100%たまたま偶然相手のミスによるものだが、流石にこれを食らって無傷とは思いたくない。

 だが、煙越しに感じるがまだ奴は生きている。


 しかし、妙なことに煙の拳を押し返したりしていないのだ。



「ふふっ、ふふふふふふふふふっ!!」

「ッ…まあ、そうだろうなぁとは思ってたけど少しくらい焦ってくれないかな!!」

「十分焦ってるわよ……でも、ここまで追い込まれたのは久しぶりだわ」


 煙の拳越しから聞こえてくる恐ろしい笑い声。

 口では焦っていると言っているものの、こちらからすれば一歳層は見えないし余裕そうな姿は何一つ変わりない。



「まさか、これを使うなんてね【エアインパクト】」


 ボンッ、と耳の奥まで響くような爆発音が響いたかと思えば、おそらく手によって掴まれる前に構えていたのかレイピアから放たれた一撃で煙の手は粉々に砕けた。


「……頑張ったで賞で僕とツヴォーさんを見逃してくれない?」

「ダメよ、それが依頼だもの。でも、アナタの頑張りに免じて苦しくないように優しく殺してあげるわ」


 なら、いいかなと正直ここらへんで力を抜きたい。


 だけれど、魂の奥の奥の方がまだ燻っている。



「……まだやる気かしら?」

「まだね、こっちだって理不尽に殺されるのを黙っている趣味はないし、何より……ツヴォーさんを、友達を殺させるわけにはいかない!!」


 別にツヴォーさんとは会ってそれほど経過していないし、師匠ほど思い入れがあるわけじゃない。

 だけれど、この世界の僕から託されたスキルがここで立ち上がれと叫んでいる。


「友達、本当にいい響きだ。アポロ!!こいつをもってけ!」


 その時だった、カウンターの奥からどたどたと足音が聞こえたと思い振り返ると――


「ツヴォーさん!?これって……」

「うむ、お前の武器だ!」

「いや、これって……その、えっと……」


 やっと現れたツヴォーさんが渡してきたのは、具体的に言うと洗濯物や布団など重さに耐えられる強度を持っていそうで、屋外に置いてありそうな棒だった。


 すなわち――


「そうだ、これがお前の武器……物干しざおだ!」

「やっぱりィィ!?」


 僕の手には間違いなく、洗濯を干すときに使われる物干しざおが握られていた。




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