第27話・一寸先は闇



「ちょ、なんですか…!?放してくださいよ」


 その場で座り込んでいた男は勢いよく僕の手を掴んで離さない。

 驚きなのは、身体強化の魔法で強化しているはずの腕力をもってしても全く振りほどけないのだ。



「待て、待てと言っている…」

「いやいや、こんな夜中に不審者に腕掴まれて待てるわけないよ!?ただでさえ、日本じじゃないから気を張ってるのに!?」

「日本…?」


 突然のことに焦りに焦りまくった僕は、まるでお化けにでも遭遇したような反応をしてしまった上に日本のことまで口を滑らせてしまった。

 すると、男は一瞬力が緩んだかと思えば再びとてつもない万力で手を掴んでくる。



「待て、待ってくれ……お前の名前は何だ?」

「な、名前?…あ、アポロ」

「苗字は、もしかして影山じゃないのか?」

「ッ…!?」


 今、目の前のこいつは確かに僕の苗字を当てて見せた。

 この世界に苗字の概念があるのかはわからないが、少なくとも僕のことを知っていなければ『影山』なんて苗字が出てくるはずがない。


 だけど、僕は目の前の男の正体について思い当たる人物が一人いた。

 早合点かもしれない、出来ればそうでないと願っている。




「…アナタの名前も、影山阿歩炉なんですか?」


 影は何も言わず、ただ頷いた。

 震える唇、早まる動悸、そして焦点の合わない瞳、それが目の前の汚く薄汚れすべてに絶望したような自分自身を写していた。



「俺は、影山アポロ。今から三十年前にここに転生した」

「三十年…!?じゃあ、四十七歳の僕!?」


 この世界に僕が転生したのが17歳の誕生日一日前だったので37歳と言うのは推定だが顔を上げた男は、確かに僕の面影があった。

 だけど、どうにもその顔には生気がなく絶望にまみれて、今にも吹けば倒れてしまいそうな蝋燭のようだった。



「そうだな…もう、三十年だよ。ははっ……お前は、今何歳なんだ?」

「じゅ、十七歳だけど…」

「十七歳か、転生したばかりなんだ。そっか、いいなぁ…俺はもう、こんなに……ははっ」


 辛いなんてもんじゃない。

 かつての自分を見る側も、いつかの自分を見る側も互いに己の姿を見て片や取り戻せない過去に絶望し、過去の自分も言い表せないような絶望に身を焼かれるようなものだった。



「な、何がっ、あったの?」

「…ははっ、いいよ。教えてあげるよこの世界の先輩としてね」


 自虐的に笑ったアポロは語り始めた、一体この世界に来て何があったのか。





 彼のスタートは僕とそう変わらず、森に同じように制服とスキルを持って転生した。

 困惑のまま、森を彷徨っていると彼はここイスナーンを発見し同じように入ろうとした。


 もちろん、無一文のこいつに払う術はあるはずなく、当時は魔法契約による仮通行書の発行もなかったので初手から詰みかけたその時だった。



『あら、旅人の人?……良ければ、私が代わりに払いましょうか?』

『えぇ…!?』


 めちゃくちゃ親切なおばあちゃんに代わりに払ってもらい、無事イスナーンに入ることができた。

 彼女はイスナーンで宿屋を営んでおり、そこでアポロを働かせくれたのだ。


 当然ながら何の縁もおばあちゃんに助けられたことに疑問を持っていたアポロはなぜ、こんなに自分によくしてくれるのか聞いた。



『そりゃあ、あんたがものすごく困った顔をしててね。何だか、ほっとけなくなったんだよ』

『いやいや、だからって普通やらないですよ!?』


 めちゃくちゃ驚いたし、本当にいい人と巡り合ったと心の底から思った。

 そこから、彼の異世界での生活が始まったわけだが、長続きすることはなかった。



 俺が働き始めて一年たった頃、おばあちゃんが亡くなった、



 本当にショックで、まるで自分の体の一部が引き裂かれたような感覚だった。

 その上、宿屋を担保に金を借りていたためおばあちゃんの死と同時に徴収され競売にかけられた。


 それでも、残った借金はおばあちゃんの娘が流行り病で亡くなっていたこともあって俺と同じくらいの年齢のお孫さんのツヴァイが背負うことになってしまった。



「せめて、借金くらい返しておばあちゃんに恩を返したかったからね。そこからの俺は冒険者として必死に働いたよ」


 この世界でまともに働いたとして俺とツヴァイの稼ぎだと生きていくのがやっとで借金なんて到底返せる額を手に入れることはできない。

 だから、女神から与えられたスキル【剛健】を利用して冒険者として働いた。



 最初は薬草採取から始まって、魔物を倒せるようになって、迷宮に潜って――



「気づいたら、Bランク冒険者になったその日にやっと借金を返し終えたんだ。それで、ツヴァイと結婚して……娘も出来たんだ」

「……‥‥」


 この時点で、何となく結末がわかってしまうのはなぜだろう。

 と言うか、順風満帆そうに聞こえる彼の人生が今のように物乞いまで落ちて落ちきってしまった時点で嫌な予感しかしない。



「そのくらいになると、宿暮らしを辞めて家を買ったんだ。そこで、こっちで出来た家族と暮らして……幸せ“だった”」

「そう、なんだ…」


 自身の幸せだったかつてを思い出しているアポロは本当に幸せそうで、見ている僕も心が痛くなった。

 そりゃそうだ、いくら幸せな“過去”を語ろうが僕の目に移っているのはボロボロの服を着た浮浪者そのものなのだから。




「察しているだろうけど、俺の人生はここから真っ逆さまに落ちていった…」


 目から光が消え、彼は続きを語りだした。



 きっかけは資料にも記されていた『アポロの徒』による人為的なスタンピードだった。

 ダンジョンからあふれ出しイスナーンに迫る大量の魔物たちを前にBランク冒険者だった俺も戦いに出ていた。



 序盤は、無数に現れる魔物たちに冒険者たちは苦戦していたものの当時からSランク冒険者として活動していたドライツェンが現れてからは戦線が安定し徐々に押し返していた。


 スタンピードと言えど魔物は無限ではないため倒し続ければダンジョンに限界が来ていずれ終わる。

 それを危惧してか『アポロの徒』の本隊が現れ冒険者たちと最後の決戦を繰り広げることになった。



「…だけど、俺にはそれ以降の記憶が曖昧なんだ。次に起きた時は……この様だった」

「……ッ」


 その光景を見て、思わず息を飲む。

 さっきから暗くてよく見えなかったが、目を凝らしてみるとアポロの左の膝から下が、影のように、まるで最初からそうであるかのように消えていた。



「もう、戦えなくなった俺は冒険者を引退して家で内職を始めた。幸いにも、冒険者時代の貯蓄はあったし、ツヴァイも働いていたからその収入もあったから、三人で慎ましく生活してたよ」

「その後、奥さんと娘さんはどうなったの…?」

「……」


 真っ暗な空を仰ぎながら、思い出しているのか彼の目頭から涙が頬を伝って地面にぽたぽた落ちていく。



「妻は病で亡くなったよ」


 冒険者を辞めて、二年後当時働いていた職場で妻が急に倒れたと聞いて片足で全力で向かいすぐに医者に診てもらった。

 診察結果、病名は『消耗病』と言う名前の病気だった。



「それって…」

「ああ、わかるだろ。歴史の授業で出てきた…『結核』だよ」


 結核とは長く咳が続き、衰弱して死に至る病であり病気にうとい僕ですら知っている名前だ。

 そして、かつては不治の病と言われていたものだ。


 しかし、決して治らない病気ではないが、それは日本での話だ。

 当然だが、現代の結核治療法は薬物治療でありそんなものがこの異世界に存在するはずもない。




 唯一の幸運は俺本人がスキル【剛健】によって結核には感染しないことと、人から人へ感染する病であることを知っていたので感染する前に娘を守ることができたことだろう。



「娘は、遠い親友の家に託して妻の看病をとにかくしたよ。でも、一向に良くならなくて…」


 段々と衰弱して、やせていく妻を見ることしかできなかった。

 何度も何度も咳をして、血の混じった痰を吐き出して、ずっと熱にうなされて一番つらいのはツヴァイのはずなのに。


『ごめんね…あたしのせいで……』


 最後の最後まで看病している俺を心配してくれていた。



「闘病して三年後に亡くなったよ。本当は不治の病なんかじゃないのに…」

「それは、そのご愁傷さまです」


 それ以外、言葉は出てこなかった。

 転生者だからこそ、直す方法があると知っているからこそ、目の前で妻が死んだときの喪失感は想像もできない。



「…その後は、もう悲惨だった。妻も働けなくなって俺も看病に専念してたから、金がとにかくなくてな。闘病中は、冒険者をしてた頃の武器防具を売ったりしてとにかく凌いでいたよ」


 幸せの象徴でもあった、家も金のために売り払い。

 看病のために小さな家を借りて耐えていれば妻も回復してくれるなんて幻想に縋っていた。



「でも、最後には何も残らなかった。娘を引き取りにも行けなかったよ」


 娘を失い、金も失い、家も失い、家財を失ったというのに妻を救うことができなかった。


「もっと金があれば、王都の神官に頼んで治してもらうことだってできた…でも、この足じゃそんな金は到底稼げなかった!」

「………」

「当然、娘も養えない……あははっ、妻じゃなくて俺みたいな木偶の坊が先に死んだならあの子も、もっと幸せな人生を送れたはずなのに」


 片足の汚い中年男を雇ってくれる人なんておらず、こうして物乞いになっていたというわけだ。



「これが、俺の人生…どう、勉強になった?」


 これが他人の人生を語られているだけだったなら、そこまで深刻には捉えなかっただろう。

 だが、別の世界線とは言えこれが自分が歩んだ人生だと思うと、心が竦んでしまいそうになった。


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