第24話・初めてのお仕事


 阿歩炉が冒険者ギルドを出て門の方へ向かった数分後――人が来ない受付のカウンターで軽く伸びをしている彼女の名前はアール、先ほど彼を担当した受付嬢である。


 このイスナーンで受付嬢を3年ほどしか勤めていないというのに彼女は周りからも称賛されるほど見る目が良く、依頼を受けに来る冒険者にピッタリの依頼を紹介することで有名である。


(今日の子、魔法使いって言ってたけど、あの様子じゃ戦いには向いていないんだろうし、あんまり魔物もいない北の森を紹介してよかった)


 今日も立派に仕事をやり遂げたと誇らしい彼女であったが、ギルドの奥から現れた上司の一言によって崩されることになる。



「そういえば、アールちゃん。ついさっき北の森から帰って来たパーティーから聞いたんだけど北の森の外に『ドゥ・ボア』が出たらしい」

「へー、Dランク相当の魔物ですよね。珍しいですね北の森の外に出るなんて……あれ北の森?」


 上司との会話で登場した『ドゥ・ボア』は体長は最大で3メートル、最低でも2メートルは超える猪で牙と単独行動を好む性質を備え、背の高い木の多い北の森の“奥”に生息する魔物である。


 普通は餌が多い森の奥に現れるはずのため、餌の少ない森の外に現れることは限りなく可能性はゼロだ。


「あ、あわわわ…!?」

「どうしたのアールちゃん!?」


 点と点が繋がったその時、頭に電流が走ったような衝撃が駆けのぼった。

 思わず頭を抱えながら手と顔から血の気が引いていくのを感じる。


 そう、ついさっきまさにFランク冒険者をそのDランクモンスターが目撃された森に送ってしまったのだ。

 だからと言って、冒険者は自己責任が原則こういう場面で一々増援を送っていればいくら金があっても足りなくなる。


「うぅぅぅぅ!」


 そのためアールができるのはその場でうなりながら阿歩炉が無事に帰ってくるのを待つことだけだった。





 僕が入って来た門を抜け北の森に向かうための街道を進む。

 街に近いときは人目もあったのでゆっくり歩いて行ったが、誰もいないとわかると常時発動している【身体強化の魔法】を使い全力で走り出した。


 普通に歩いていれば相当時間を食っていただろうが、強化したまま走れば日が昇りきる前にたどり着くことができた。



「これ以上は森の中に入るから、ここら辺かな」


 受付嬢さんの話によれば薬草採取の依頼はそれほど人気がないとのことだが、周囲に誰もいないことを考えると本当のことだろう。

 何故かと言えば、普通に稼ぐとしたら往復時間がどうしてもネックで良い稼ぎとは言えないからだ。


 一応、ここに来る前に勢いで受けてしまった薬草採取が本当に割に合うのかは調べてきた。

 魔力で鼻を覆えば匂いが気にならなくなるどぶさらいの方が良いと思ったが僕の場合は話が変わる。


 普通なら、移動時間も往復でかなりかかるが僕の場合【身体強化の魔法】があるためそこは何とかなる。

 それに加えて魔法使いである自分なら魔力探知(ガバガバ)が使えるし、物を入れられる制服の入ったリュックもあるのでこっちの方が良いと判断した。



「えっと…依頼対象になる薬草は全部魔力を持っているから種類は気にせずとりあえず探知できた奴を集めていくか【煙の魔法.EVL2】」


 嵌めている指輪に魔力を通し、手に煙で構成されたスコップを生成する。

 薬草採取は初めてで、何が必要になるかわからないので根っこの部分も余らずこれで取っていく。



「師匠…本当にすごいお土産くれましたね」



 師匠が残した指輪の使い心地に感嘆しながらも淡々と薬草採取を続けていた。

 幸いにも僕のガバガバ感知でもある程度の場所がわかるので、その周辺に近づいて行き再度探知を行うことでいいペースで採取が行えていた。



「これなら、今日は結構稼げそうだな」


 冒険者ギルドから門に行く途中までで開かれていた露店をちらちら見て確認していたが、この世界の通貨は“イラ”と言うらしく、紙幣の類はなく金貨や銀貨を使って取引していた。



(通行料があまり高くないといいんだけど…ッ!)


 そんなことを考えながらスコップを振るっていると、突然森の方から発さられる威圧感。

 それが、僕が持つスキル【第六感】による察知だと気づくのにはそう時間は必要なかった。



「【身体強化の魔法】」


 何が起きたのか確認するために身体強化の魔法を使い聴力を強化し聞き分ける。

 すると、森の中から何度も地面を踏みしめるような音が聞こえて来た。



「すぐそこまで来てるじゃん!?」


 おそらく、大きく連続した足音から巨大な四足歩行動物の類だろう。

 そして、僕にとって予想外だったのは【第六感】は直近訪れる出来事に対して直感的に嫌な予感などを生じさせるスキルであったことだ。


 つまり、逃げる逃げないの判断をする前に“それ”は目の前に現れてしまったのだ。



 現れたのは大きさは僕より二回りくらい大きいので推定2メートルほど、牙は立派なものをつけていてこれが刺さるようなことがあれば一撃であの世行きになると思わせる猪であった。



「山で見たのと全然他違う【煙の魔法】」


 猪は森を抜けて一番最初に視認した僕に対して鼻息を荒げながら突っ込んでくる。

 それに対して、煙の壁では強度に心配があると考えた僕は煙幕を展開し右に大きく飛び上がり突進を回避する。


 一応、師匠との特訓の一環で普通の猪を倒したことがあるが、牙なんてついてなかったし、今の突進を見たところスピードは劣っているとはいえ推定時速30㎞は出ていると見ていい。




 見た目は完全に猪のため、近眼で、遠くのものはぼやけてしか見えない可能性が高い。

 そのため『音』と『匂い』で相手を察知するわけだが、これは僕の煙の魔法とすごく相性がいい。


 それは、煙の中で僕をすぐに見失ったことを見ても間違いないだろう。


(朝からこの世界に来て何も食べていないからさっさと倒そう。)


 それに薄々覚悟しているが、この世界でも戦うことになるだろうし今のうちに戦闘に慣れておくべきだろう。



「猪の弱点は足元!【煙の魔法.EVL2】」


 指輪に魔力を込めて、手元から進化した煙の爆弾を作り出し煙を彷徨っている巨大猪に向かって放り投げる。


 足元に転がったのを煙越しに感じた瞬間に起爆し、一瞬だが奴の巨体が宙を舞う。

 これだけでも、胴が太くて足が短い猪にとっては真正面からの打撃よりも圧倒的に効くだろう。



(猪の急所は前に集中しているからこれで倒れてほしいんだけど…そこまで、うまくいかないか)


 流石にただ足元で転がして爆発させただけでは通常の猪とは体躯が違うとのこともあり肉も多いのか衝撃が脳まで完全に伝わっていないらしい。


 多少、足元がおぼついていないようだが、その場を蹴り上げ倒れた巨大な体がすぐ持ち上がる。


「【煙の魔法.EVL2】」


 だが、それだけ大きな隙ができればあとはトドメを刺すだけだ。

 立ち上がった、巨大猪の頭に向かって煙の爆弾を二、三個放り投げすぐに起爆した。



「最後は、ぶっ叩く!!【煙の魔法.EVL2】」



 最後のトドメとして【身体強化の魔法】を常時起動しているゆえに超常的な力を宿した背筋に思いっきり力を込めながら手元に巨大な煙のハンマーを作り出し思いっきり脳天めがけてフルスイングした。


 そこまで頭を重点的に攻撃すれば、すっかり凹んでしまい巨大猪はもう立ち上がることはなかった。




「…へぇ、やるじゃない」



 ***



「これ絶対…何度やっても馴れねぇ……」


 巨大猪を撃破した後、煙の魔法で切れ味の悪いナイフを作り出し何とか血抜きを始める。

 本当なら血抜きは吊るした方がやりやすいのだが、こんなでかい猪を持ち上げられるはずもない。


 地面に垂れていく大量の血は、ドラマやアニメで見るものとはまた違く赤黒かった。

 幸いにも鼻を魔力で覆って匂いを遮断していたので匂いを嗅ぐことはなかったが、それでも相当精神的に来るのは間違いない。


「それに、煙の魔法だと金属製みたいにうまく掘れないなぁ…」


 次に猪から取り出した内臓や何やらを埋めるために穴を掘りだしたが、大きなスコップを買うお金なんてあるわけないので煙で代用している。


 本当ならこの巨大な肉の塊を無駄にするのは心が痛むのだが、これだけの量を長時間保存するすべもなく雑な解体では劣化も早くなる。

 丈夫そうな毛皮も煙のナイフでは満足に剥ぐことも出来ないため諦めるしかない。



「…うん?」


 もったいないと思いながらも解体を続けていると猪の中から手の中に納まるくらいのサイズの石が出てきた。

 ただの石なら尿路結石の類かなと気にも留めないがその石は魔力が籠っている。


(これって魔石ってやつ?もしかしてこれを売れば通行料も払えるのでは!?)


 魔石を見つけた後はもったいないと言う気持ちも幾分か楽になり自分が食べられる分だけ切り取ってそれ以外を穴の中に埋めた。



「まさかこんなところで役に立つとは【火の魔法】」


 少し森に近づいて薪を拾った後、ワァヘドでは家電魔法とまで呼ばれた小さな火の魔法を作り出し焚火を作り出した。

 そして、水の魔法で気持ち洗浄しておいた木の串に肉を突き刺し焼き始めた。



 数分経過すれば、もう表面は焼けていい色がついてつき始めている。

 しかし、つい食欲に負けて大きく切って刺してしまったので、まだ中は焼けておらずここでかぶりついたら食中毒になるだろう。


「…お腹減ったなあ」


 だが、滴り落ちていく肉汁に鼻孔をくすぐる香りは朝から何も食べていない上に食べ盛りの高校生にとっては生殺しにも程がある。



 ***



 それからじりじり待つこと更に数分後、肉からカリカリと音が聞こえ始めたタイミングで適当な木の串を使って肉の内部に火が通っているか確かめ、やっと肉に齧り付けた。



「…ッ!?…あ、表面焦げてる」


 齧りつくと、はじけるように肉汁が口内を襲い声にならない叫びが出てきた。

 そして次に味わったのは焦げた表面からくる苦みだったが最後に来るのは本当に単純な肉汁と脂のうまみだった。

 調味料なんて何一つ持っていなかったので味は覚悟していたつもりだが素材本来のおいしさが口の中いっぱいに広がった。



「くっ…米があれば……」


 日本での日々を思い出しながらも、黙々と巨大猪を平らげるのであった。

 そこからは、薬草をさらに採取しようと思ったがまたあの猪が現れても困るので、足早に街へ帰還した。




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