第2話 王国のバランスシート、拝見します。…これ、債務超過どころじゃないぞ!?

「無理だろ、こんなの!」


 俺の悲鳴は、静まり返った謁見の間に虚しく響いた。

 しかし、目の前のリリアーナ姫の必死な眼差しと、隣で腕を組むバルド宰相の射るような視線が、これが冗談や夢ではないことを物語っている。


(落ち着け、俺…神崎優樹…。まずは状況の整理だ)


 俺は深呼吸を一つして、手に持った羊皮紙の束――アステル王国の『決算書』に改めて向き合った。文字は見たこともないミミズが這ったようなものだが、不思議と意味は頭に入ってくる。これも召喚の魔法の力なのだろうか。


 書式は、大学の講義で嫌というほど見た財務三表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書)と酷似していた。右も左もわからない異世界で、唯一見知ったものがこれだなんて、皮肉にもほどがある。


「……ひどいな、これは」


 思わず独り言が漏れた。

 まず目についたのは、貸借対照表バランスシートの「負債の部」だ。隣国からの借入金、国内の大商人からの借金、果ては用途不明の支払い約束手形まで、天文学的な数字が並んでいる。


 それに対して、「資産の部」はスカスカだ。王家の宝物や国有地などが計上されているが、その価値評価はあまりに甘く、実態は負債の十分の一にも満たないだろう。


「これ、完全に債務超過さいむちょうかじゃないか…。しかも、資産のほとんどが換金性かんきんせいの低いものばかりだ」


「さいむ…ちょうか…?」


 リリアーナ姫が、聞き慣れない言葉を繰り返す。


「簡単に言えば、この国が持っている全財産を売り払っても、借金が全然返せない状態だということです。会社なら、とっくに倒産してます」


 俺の説明に、姫の顔が青ざめていく。一方、バルド宰相は眉間みけんのしわをさらに深くした。


「そんなことは、我々も承知している。だからこそ、貴殿を召喚したのだ」


「問題はそれだけじゃない」


 俺は、もう一枚の羊皮紙、損益計算書プロフィット・アンド・ロス・ステートメントを指差した。


「こっちも酷い。税収などの『収益』に対して、人件費や施設の維持費といった『費用』が大きすぎる。毎年、とんでもない赤字を垂れ流しているじゃないか」


 特に、費用の項目に計上されている「その他経費」の額が異常に大きい。全体の三割近くを占めている。


「この『その他経費』ってのは何です?普通、こんなに大きい勘定科目はあり得ない。使途が不明な金が多すぎる。誰かが着服してるんじゃないですか?」


「なっ…!」


 バルド宰相が息をのむ。図星だったらしい。

 俺はため息をつきながら、最後のキャッシュ・フロー計算書に目をやった。そして、絶句した。


「……嘘だろ」


「今度は何だ、救世主殿」


 バルド宰相が、いら立ちを隠しもせずに問う。


「キャッシュが…ない。国庫に残っている現金が、ほとんどゼロだ」


 会社経営において、利益が赤字であることよりも、現金が尽きることの方がよほど致命的だ。黒字でも倒産することはあるが、現金がなければ、兵士に給金を払うことも、パンを一つ買うことすらできなくなる。


「このままだと、来月の食料の支払いもできない。飢えた民が暴動を起こし、兵士は離反する。文字通り、国が終わるぞ」


 俺は羊皮紙の束をテーブルに叩きつけた。


「いいですか、姫様、宰相閣下。今のこの国は、沈みかけている泥の船だ。財政破綻とか、赤字経営とか、そんな悠長なことを言っている場合じゃない」


 俺は二人をまっすぐに見据えて、断言した。


「最初の仕事は決まった。まずは、この国が生き延びるための『運転資金』を、一刻も早く確保する。手段は、選んでいられない」


 俺の言葉に、リリアーナ姫はゴクリと唾を飲み込み、それまで懐疑的だったバルド宰相の目に、初めてわずかな光が宿った。


 平凡な大学生だった俺の、人生で最も無謀なコンサルティングが、こうして始まった。

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