森羅万象をモフる者〜癒しの手で人も人外も全て快楽の虜にして世界を救う〜

いたむき

第1話 神星白竜をモフる者

 森の奥に鎮座していたのは、純白の竜だった。


 竜の体とはてっきり鱗に覆われているものと思っていたが、その全身は輝くような白銀の羽毛に包まれている。


 全長およそ20メートルはあろうかという巨体に、その体と比しても異様に大きな一対の翼。四本の足にはそれぞれ刃物のように鋭い爪が備わっており、あれが本気で振るわれようものなら、人間などひとたまりもなく細切れになってしまうだろう。


 神秘性と凶暴性が調和した、まさしく「畏敬いけい」の象徴たる自然神が如き威容の白竜は――明らかに。


 その目に怒りを宿していた。


『今一度申してみよ、娘』


 顎が閉じられたまま、竜の声が響く。


 頬がない竜の口では、人語の発声は難しい。だが知性を備えた高位の竜は、魔力によって意思を人間に伝える術を持っているそうだ。今行われているのがそれだろう。


 頭に直接届く白竜の声は、その壮麗な見た目から想像するよりも高く、幾分か幼い雰囲気を感じさせた。


 白竜の眼光に射竦められた少女リーズは、全身から冷や汗を流しながら平伏する。


「は……白竜様の御神気ごしんきに当てられた群狼レイウルフの群れが恐れをなし、住処であるこの森を離れ人里に降りて来ているのです。このままでは我が村は群狼レイウルフの餌食となってしまいます。巫女たる我が身を捧げますゆえ、どうかこの地より立ち去っていただ――」


『この私に』



 怒気を隠さぬ声が、リーズの言葉を遮った。


『矮小な人の子を喰らえと――そう申しておるのか? お前は』


 その瞬間、それまでとは比べ物にならない重圧が場を支配した。途方もない魔力による圧迫を受け、リーズは呼吸すらままならなくなる。


『取り消せ、今の言葉』


「かっ……は……!」


『取り消せ!』


「…………ぁ……」


 白竜はリーズに撤回を迫るが、息が止まったリーズはそれに応じることすらできないようだ。


 これはいよいよまずい。隣で行末を見守ろうと考えていた転生者の少年・ダイヤは、白竜とリーズの間に体を割り込ませ、彼女の背をさすった。


「落ち着いて、リーズ。大丈夫、ゆっくり息をするんだ」


「はっ……はっ……は……ダ、ダイヤ……様……?」


「あとは僕に任せて」


 見上げるダイヤと見下ろす白竜の視線がぶつかる。


『ふん……なんと脆弱な。そなたらなどにえにすらあたわぬわ。小僧、動けるのならその娘を連れてとっとと去れ。今ならまだ見逃してやる』


「その前に、一つあなたに頼みがある」


『何?』



「撫でさせてくれないか」



『…………は?』


「あなたの、その、白絹のように美しく愛らしい体躯を、全身くまなく、じっくりと、僕のこの手で、撫でさせてはもらえないか?」


『……ふざけて……いるのか? 貴様……』


「いいや。僕は本気だ」


『どちらにせよ正気を疑うが……答えるまでもない。消えろ』


 白竜が顎を開いて光弾を撃ち放った。ダイヤはリーズを抱えて飛び退き、彼女を安全な場所に降ろすと、白竜を目掛けて跳躍した。


「仕方がない。では力ずくで行かせてもらう!」


『舐めるな!』


 白竜がダイヤを叩き落とそうと前肢で薙ぎ払うが、ダイヤはひらりと身をかわして白竜の背中に飛び乗った。


 ――そして。


神魔撫勁術しんまぶけいじゅつの一……"躯響くきょう"」


 白竜の背中、ダイヤが触れたところから、体内を波紋のような衝撃が駆け抜けた。


『ひゃうんっ⁉︎ き……貴様っ!』


 白竜が大きく身を捩ってダイヤを振るい落とす。


『今……何をした⁉︎』


 白竜の唸るような詰問を受けながらも、着地したダイヤは不敵な――いや、むしろ恍惚とした笑みを浮かべ、白竜に触れた手をワキワキさせていた。


「ああ……やっぱり! なんてふわふわでモフモフな触り心地なんだ! もっと撫でたい! もっと……!」


『オイ貴様ァ!』


「あ、ああごめんつい興奮して。安心してくれ、今のはただの『触診』だ。あなたを傷つけるつもりはない」


『触診、だと……?』


 確かに、先ほどの衝撃は白竜を驚かせはしたもののダメージは与えていない。


 ……それどころか、むしろ。


 触れられた箇所の温もりから、甘やかな心地良さが全身に伝播したような感覚すらあった。


「あなたの状態はおおよそ理解したよ。全身に疲労が溜まっている……翼の付け根が特にひどい。人間で言うとひどい肩凝りと筋肉痛に悩まされているようなものだ」


 白竜の沈黙が、その診断の正しさと、体調を言い当てられたことへの動揺を物語っていた。


「ここからは推測だけど、あなたがここを訪れたのは、この森に溢れる魔力によってその身を癒すためじゃないかな?」


『……だったらなんだと言うのだ』


「だとすれば――代わりに僕があなたの身を癒せば、あなたは体が治って嬉しいし、ここに留まる必要もなくなる。住処を追われた群狼レイウルフが人の生活圏を脅かすこともなくなるし、僕はあなたを思う存分モフモフできて幸せだし……いいことづくめなんじゃないかな?」


 ダイヤの提案……というより欲望を聞いて、白竜は一瞬、唖然とした。しかし。


『ク……ククク。舐めてくれたものだな、人間風情が……!』


 並の人間であれば即座に失神してしまうほどの魔力圧を放ちながら、白竜はぎろりとダイヤをめ付ける。


神星白竜アウレアホワイトドラゴンたるこの私の体に軽々しく触れ、あまつさえ癒そうなどと妄言を吐くとは無礼千万! ちっぽけな人間の小僧如きが図に乗りおって、我が真なる力を前に身の程を知るが――』



神魔撫勁術しんまぶけいじゅつの二、"快癒の功"!」


『ひゃあ――――――――んっ❤️』


神魔撫勁術しんまぶけいじゅつの三、"千連点撫"!」


『あっ、ああっそれすごい! そこ効くぅ! ほぐれちゃうぅっ!』


神魔撫勁術しんまぶけいじゅつの四、"天上抱和"‼︎」


『はううぅ……っ! 気持ちいい……気持ちいいよぉっ……! も、もうダメ……ダメえぇぇ――っ……‼︎』


 ダイヤによる癒しの撫で技を体中に受け、心地良さの限界を超えた白竜は、絶叫と共に全身から眩い光を発した。


「くっ……⁉︎ なんだこの光は――……え?」


 やがて光が収まった時、そこに白竜の姿はなかった。


 ……代わりに現れたのは。


「はにゃ〜〜……❤️」


 快感に蕩けたような笑顔で横たわり、時折ピクピクと体を痙攣させる、長い銀髪の美しい少女の姿だった。

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