0022 理不尽な交渉

 水の都ミレナビュレイユの中心部で、大規模な爆発が起きた。


 レストランの厨房で料理を教わっていたクリスが、エルフの耳でその轟音を捉える。


「爆発?」


 頭の中に、ある魔術師の姿が浮かんだ。

 爆発といえばあの男しかいない。


 顔をしかめたクリスは、料理人シェフのゴードンに許可を取って厨房を抜け出し、空に飛び上がった。




 ランランは迷子になっていた。


 朝起きると、イレギュラーズの仲間メンバーは誰も宿屋にいなかったのだ。

 アキラとシエナはデート、クリスは料理屋レストラン、ジャックは図書館に向かい、まったくの別行動を取っていたわけだが、ランランはみんなが自分を忘れて観光に行ってしまったと思い込み、捜索を続けていた。


 最初は昨日も通った道だと思ってふらふらと歩いていたが、急に知らない道に出て、完全に迷子になってしまう。

 戻り方もわからない。


「アキラさーん、どこですか~? クリスさん? シエナさーん! ジャックさん……なんであたしはいつも迷子になっちゃうんでしょう……」


 彷徨さまよっていた彼女にとって、例の大爆発が救いになったことは言うまでもない。


 聞き覚えのある爆発音。

 安堵を覚えたランランは、すぐに黒い煙の方角に向かって走り出した。




 ***




 街の住民が逃げ惑う。

 すっかり爆破テロみたいになったジャックの鬼畜行為は、この街の理不尽な悲劇として語り継がれるだろう。


「最終手段に踏み込むのが早すぎだ」


「文句はよせ。あの女の責任だ」


「いろいろ吹っ飛ばしておいてよく言うよ」


 ジャックには文句しか出てこない。


 彼に頼ろうとした自分が愚かだった。

 結局はこうなることがわかっていたから、この爆発はオレの責任でもある。


 とはいえ、住民の悲鳴を聞いて、ジャックも少しは反省したらしい。


 落胆するような溜め息をつくと、小さな声で謝罪してきた。


「少しやりすぎた。すまない」


「謝って許されると思うなよ」


 そうは言ったけど、ジャックが素直に謝るなんて珍しいので、なんか嬉しかった。オレもチョロいな。


 笑みを交わし合うといういい流れ。

 そこから、水浸しになった地面を見て我に返る。


「このまま街が陥没したりないよな?」


「地盤にまで影響を与えてはない。そこは俺を信じろ」


 ジャックの容赦ない爆破攻撃によって、水の女神は怒り狂っていた。


 シエナの綺麗な顔を歪ませ、ジャックを本気で睨んでいる。

 爆破で顔や体がぐちゃぐちゃになることはなかった。ジャックいわく、強い衝撃を与えて女神を体から追い出そうとしたとのこと。


「アキラ様がわたくしのものにならないのでしたら、この街を犠牲にするつもりですが、よろしいですか?」


 川の水位が少しずつ上昇している。


 その気になれば、水の都を崩壊させることなんて楽勝だということか。


「多くの人間も巻き添えです。イレギュラーズという優秀なはずの勇者パーティが、そんなに多くの犠牲を出して許されるとお思いで?」


「……」


 ジャックはなにか気の利いたセリフを考えていたんだろうけど、結局何も思いつかなかったらしい。

 舌打ちだけして女神を睨んだ。


 シエナとオレの人生を犠牲にするか、街とその住民を犠牲にするか。


 結局、街を崩壊したところで、その後もオレを自分のものにしようと暴走を続けるだろう。


 だとすれば――。


「ジャック! 何があった!?」


「すみませーん、迷子になってました」


 ここでクリスとランランが合流した。


 クリスはすっかり完全武装で、凶悪な敵と戦う準備万端って感じだ。

 ランランはなぜかパジャマ姿。


「シエナが水の女神に憑依されて、ジャックがシエナを爆破した」


 この状況を簡潔に説明するオレ。


 我ながら完璧な説明だ。

 これだけでクリスにはっきりと伝わった。


「水の女神ネプティーナか。実はネプティーナの話をついさっき耳にしたんだ。気に入った男を手に入れるために、女性に憑依して暴れ回る女神だってね」


「正解。水の女神は頭がおかしい」


「それで、女神のターゲットはどっちなんだい? アキラ? ジャック?」


「残念なことにオレらしい。オレが手に入らないと、この街を壊すって言ってる」


「……」


 腕力では解決しない問題だ。


 そもそも女神はシエナの体を借りているだけ。

 ここで戦おうとすれば、シエナの体を傷つけてしまうことになるし、根本的解決にはならない。


 つまり、選択をするしか解決方法がないということ。


 オレは他の3人より1歩前に出て、シエナの姿の女神と交渉する。


「オレがあんたのものになる代わりに、条件がある」


「賢い決断です。アキラ様のことは、わたくしが永遠に幸せにして差し上げますのでご安心ください」


「……条件はこうだ。まずはシエナを解放する。そして街に危害を加えないこと、今後はどんな人間――いや、あらゆる生命体・・・に憑依しないことを誓ってくれ」


「アキラ、それだと――」


 クリスが表情を曇らせる。

 この提案の理不尽さに気づいたらしい。


「もしこの場で正式に誓ってくれるのであれば、オレは永遠にあんたのものになる。好きにしてくれ」


「アキラ様が、ついにわたくしのものに――! 誓います! 喜んで誓います!」


 そう女神が言うと、シエナの水色の瞳が本来の緑の瞳に戻り、川の水位もグッと下がった。


 これでもう、水の女神ネプティーナは現実世界に影響を及ぼすことができない。

 もちろん、オレ自身にも。


「アホな女神だ」


 ジャックが鼻で笑いながら呟く。


「女神はオレに盲目だった。だから深く考えずに誓いを立てたんだ」


 どんな人間にも憑依することができないのであれば、オレに接触するすべがない。

 愚かな女神は自分を縛る約束を深く考えずにしてしまったというわけだ。


「なんだか呆気ないね」


「シエナも戻ってきたし、結果オーライだろ。オレも見ての通り、自由に動けてる。人間界にいる限り、神の干渉を受けることはない」


「だとしても、アキラは女神をこけ・・にした。イヤな予感がするよ」


 クリスはこの一件落着ムードに安心しているものの、まだ完全には気を抜いていない。


 大きなしっぺ返しが来るんじゃないかと警戒している。

 オレにもその警戒心がないと言ったら嘘になる。でも、神がオレに影響を及ぼすことができない以上、心配するだけ無駄なことだ。


「……アキラ君?」


「シエナ」


 シエナの意識がはっきりしてきた。

 まだ負担が残っていたらしく、オレの名前を呟いたと思ったら、また眠りについた。


「シエナはアキラに任せた」


 シエナをお姫様抱っこする。


 明日はデートの仕切り直しだな。

 水の女神にデートを台無しにされた。せっかく完璧な計画を立てていたのに。


「あのぅ……この状況、大丈夫ですか?」


 一件落着ムードから一変、オレたちを現実に引き戻したのは現地住民からの冷たい視線だった。


 街での大爆発はオレたちのせい。


 ゴンドラが沈んだのはオレのせいだ。


『おれたちの街から出ていけ!』


『あんたらのせいで、街がびしょびしょなんだよ!』


『勝手に暴れて勝手に満足するな!』


『そうだそうだ!』


 イレギュラーズ追放の声。


 実際のところ、オレたちは恐ろしい水の女神から街を救ったわけだし、称賛されてもいい気がする。


 でも女神はオレが原因で暴走したわけだし、そもそもオレたちが水の都に足を踏み入れなければ、こうはならなかった。


 ランランは半泣きだ。

 彼女は今回の一件を何も知らない。ただ観光に来ただけ。


 1番の被害者はランランとクリスかもしれない。


「どうやら旅行は終わりみたいだね。帰ろうか」


 穏やかな声でそう言ったのはクリスだった。

 彼は事情を住民に説明しながら、街の修復費用はイレギュラーズが負担するということを付け加えた。


 怒り心頭に発していた住民たちもクリスの責任感ある物言いのおかげで落ち着いたのか、訴えることはしないと言い始め、結果的に丸く収まった。


 オレたちの滞在は今日までになったし、印象が完全によくなったとは言えないけど。


 クリスの冷静な立ち回りには感謝だ。


「イレギュラーズに休みはないということだね」


 帰りの馬車に荷物を詰め込んでいる時、皮肉っぽくクリスが言った。

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