第14話 モンタニア老婦人のコレクション②

 帰りの馬車。ゴトゴトと石畳を走る振動が響くなか、珍しくラピスが溜息をついた。

 その表情はいつになく物憂ものうげで、シゼリアのコレクションを脳内で反芻はんすうしているわけではないのは一目で分かった。


「お姉さま。やはり先ほどの宝石のことが気にかかっているのですか?」

「……まぁ、ね」

「当家で探偵を雇い、秘密裡に宝石商の素性や素行をお調べしましょうか?」

「……ん? なんで?」


 きょとんとしたラピスに訊ねられ、ルーチェもぽかんと口を開けた。


「え、ええと……お姉さまはあの宝石コレクションの謎が解けなかったことを憂いているのでは……?」

「ううん。そうじゃないよ」

「えっ!? ではまさか、解けているんですの!?」


 ルーチェの問いに、ラピスはあからさまに表情を変えた。

 言葉はない者の、もはや肯定していると言っても過言ではない態度である。


「解けていたんですね……! さすがはお姉さまです!」

「あー……うん、ありがと」


 今から誤魔化す方法がないか、と目を泳がせたラピスだが、謎が解けていることを一ミリも疑っていないルーチェを見て、すぐに諦めた。

 宝石と同じレベルでキラキラの瞳で見つめられれば、今更白々しい嘘をつく気にもなれなかったんだろう。


「アレ? ではどうしてシゼリアさんにはお伝えしなかったのですか?」

「……シゼリアのお祖母ちゃんが、ことを望んでなかったから」

「そんなことまで分かるんですか?」

「多分だけどね。私達にできることはないし、シゼリアも大人しく別の装飾品に加工するべきだと思う」


 もちろん加工は老婦人が亡くなった後のことなので、いつになるか分からないが。


「お姉さまがお引き受けしたりはしないんですか?」

「気が進まないなぁ……お祖母ちゃんの意図通りに加工するのはできるけど」

「ラピスが気乗りしないなんて珍しいな。具合でも悪いか? それとも変なもの食べたか? まさか拾った石を舐めたりとかはしてないよな?」

「ダグ? それって心配してる? 馬鹿にしてる?」


 柳眉を吊り上げたラピスが俺の入ったアレキサンドライトを引っ張り出した。

 唇を尖らせた姿はやや幼さを感じさせるが、顔が整っているだけあって睨むような視線には迫力がある。


「ちったぁマシな表情になったな。そのくらい元気な方がぞ」

「……馬鹿」

「ルーチェもそう思うだろ?」

「はい! あっ、いえ、物憂げなお姉さまも非常に素敵でしたが……!」

「心配かけてごめんね。ふぅっ……切り替えるね」


 ラピスが笑みを形作る。

 まだ空元気なとこもあるだろうが、意識できたなら問題ないだろ。


「ちなみにさっきのは心配してただけだぞ……たまにマジで石を舐めようとするラピスの頭をな」


 さすがに想定外すぎたのか、ルーチェから驚異的なものを見るような視線を向けられた。


「大昔のことだよ。まだちっちゃかった頃の話!」

「幼いお姉さま……!? やはりその頃から石のことが大好きだったんですね……もしお嫌でなければお姉さまの小さい頃のお話を伺いたいです!」

「そうだな……それじゃあまず〝彷徨さまよう妖精〟事件から――」

「ダグ!? やめてよ! 値段がつかないような小さなヤツだけど時々宝石とか鉱物とかが見つかるからたまに廃坑に入ってただけでしょ!」

「近隣住人から噂になるって相当だろ……ほら、具体的にどのくらい潜ってたか言ってみろよ。週何回くらいだった?」

「六……ごめんサバ読んだ。八回くらい」

「お姉さま? 一週間って七日しかありませんのよ?」

「石探しに夢中になっちゃってそのまま坑道で寝ちゃったりしてたから、朝急いで師匠のトコに戻って、また夜に坑道行ったりしてたってだけ」


 誰がどう考えても噂になったのは必然である。

 朝な夕なと廃坑で小さな女の子が目撃されるのである。さらに言えば、ラピスが浮世離れした端正な顔立ちだったのも噂になる原因の一つだっただろう。


「ちなみにお姉さまの噂はどうなりましたの?」

「アズールの耳に入って――」


 俺の入ったアレキサンドライトが揺れる。


「お、お姉さま!? 顔色が悪いですよ!?」

「……気にすんな。修行トラウマを思い出してるだけだから」

「どんな修行だったんですの!?」

「ど、どんなって……あの、その……」

「えぐってやるなよ……まぁ、色々あったんだよ」


 当時、俺はアズールの胸元か、隠れ家の宝石棚に置かれてたから全部を見てたわけじゃないが、なかなかに理不尽だったのはきちんと覚えている。


 指先の感覚だけでコンマ以下の角度まで正確に削り出せるようになれとか、削った時の感触だけで石の種類当てろとか。削った粉だけで石の産地を当てろとかも言われてたな。


 無茶ぶりにしか聞こえなかったが、実際アズールはすべて出来たし、ラピスが課題をクリアできなかった時は容赦なく――……いや、やめよう。

 思い出すだけで寒気がする。


 和気あいあいと……というにはラピスの顔色が悪いが、先ほどまでの思い悩んだ雰囲気はしっかり払拭できたのでとりあえずはよしとするか。

 後はまぁ、老婦人の話題が出なけりゃそのうち忘れるだろ。


 ……と思っていたのだが。


 翌日。

 学園の新学期が始まったその日の朝に、シゼリアからモンタニア老婦人が倒れたと聞かされることになった。




※一週間は七日

本当は5日とか6日で1週間にしようと思ったんだけどスゲー混乱しそうなので7日で統一することにしました。

5日の場合は72週+各季節の間に1日ずつ祝祭日(計4日)+新年の祝祭日(1日)=計365日

6日の場合は60週+各季節の間に1日ずつ祝祭日(計4日)+新年の祝祭日(1日)=計365日

とか考えたんですけどそもそも365日じゃなくて365.25日(うるう年)だし、とか、四勤(五勤)一休ってどうよ、みたいな思考が……キリスト教じゃないから7日にするのもどうなの、と思いつつもう宗教まで考えたらしばらく更新できなくなるやろがい、と思ってスパッと切ることにしました。

 公転周期が地球と同じである必然性ないんですが、1年365日・1週間7日・1日24時間でいこうと思ってます。(今後のネタで本編にこれらががっちり食い込むことがあったらもう一度考えます)


※※ついでに宝石の名前

 だいたい地域やら国の名前が由来となって「○○で採れた石」みたいな命名になってるので、これも正直かなり迷いましたがそのまま行くことにしました。

 タンザナイトとかまんま「タンザニアの石」ですし、ダグの宿っているアレキサンドライトも、ロシア皇帝に献上されたときに息子のアレキサンドル二世が誕生日だったから、それにちなんでアレキサンドライトになったとかいう説があるらしいです。

 

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