第3話 幸福の水晶クラスター①
それからが大変だった。
何しろ、貴族家に招かれての食事となればルーチェのみならず、その両親も同席するのが通例だ。
ラピスは招かれた側ではあるが、旅装だったこともあってまずは浴場に通された。
全身をぴかぴかに磨き上げ、その上で伯爵家にストックしてあるドレスまで借りないと会うのも失礼なのが、貴族というものである。
そんなわけで、俺たちは今、浴場に放り込まれていた。本当ならば侍女さんたちに洗ってもらうらしいが、別に一人で洗えるし、とラピスはそれを断っていた。
首から
透けるような白い肌は湯気ですら弾くんじゃないかというほどの張りと輝き。
控えめながらもしっかりと女性的なシルエット。
まるで計算され尽くした彫刻のように、清楚でありながらも
「タイルと壁は
黙っていれば芸術レベルの肉体を持つラピスだが、案の定、入口ではしゃぎ出した。まだかけ湯すらしてないのに頬を染めた姿は老若男女関係なく射止めてしまうほどの破壊力があったが、ラピスの目に映っているのは石だけである。
まぁ予想してたからいいけど、仮にも年頃の女子が素っ裸で石をみて体をくねくねさせてるのはどうかと思うぞ。
アズールが見てたらお仕置きされるだろうな。
「石は後で好きなだけ堪能していいけどよ……下位貴族ならともかく、上位貴族は本当に気をつけろ」
「……下位? 上位?」
「オイ! 何で知らねぇんだよ!」
「し、知ってるし! たぶん! 師匠が貴族嫌いで、あんまり話すと怒られたからさ……私もずっと避けてたし」
「まぁ……そりゃそうか。この大陸共通の爵位は分かるか?」
「うん。下から騎士爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵で……貴族じゃないけど一番上が王族、でしょ?」
「そうだ。下三つは下位貴族。領地がなかったり、あっても村長とか町長をやってる程度だ」
子爵ならば複数の街を経営してることもあるが、あんまりラピスを混乱させたくないので省く。
「それに対して伯爵以上は上位貴族。こいつらは自国の平民に対して、無礼な言動や態度を取られたら即座に罰する〝不敬罪〟を適応することができる」
平民相手ならば、どんな難癖でもつけたい放題なのだ。もちろん、そんなことをすれば領民たちは逃げ出すだろうし、誇りと責任感をもった他の貴族たちによって失脚させられるだろうけども。
一応、不敬罪だとて裁判にかけることにはなっているが「不敬罪を働かれたので、その場で殺した」が通ってしまうのが一番怖いところである。
ましてや貴族の多くは血統的に魔術を使える。
ムカついたから魔術で吹っ飛ばした、が無罪になってしまうのが上位貴族の恐ろしさであった。
生きていれば反論の一つもできるが、死人に口なしって奴である。
騎士爵でもいいからこちらも爵位を持っていれば話は変わるのだが、ラピスがそんなものを持っているはずもない。
ちなみにアズールは領地も年給も出ない名誉爵位だけど、いくつかの国で爵位を貰っていた……別のいくつかの国では指名手配されていたけれど。
「これから会うルーチェの父親ってのは伯爵だから、気を付けるに越したことはないってわけだ」
「なるほど……まぁ普通に礼儀を払ってれば大丈夫なんでしょ?」
「払ってればな。お前、ネックレスを前にして伯爵に礼儀を払えるか?」
「…………」
「黙るなよ!?」
「で、できる……よ?」
疑問形で言われても信頼できるはずもない。
洗い場で体を流し始めたラピスに何か言ってやろうと思ったが、こいつがその程度でどうにかなるはずがない。
……いざとなったら【欺】で助けてやりゃいいか、と静かにする。
ちなみに俺の宿っているアレキサンドライトも、チェーンや台座に使われているプラチナも風呂に入れていいようなものではないし、そのままごしごし洗ってわけもない。
アレキサンドライトの横で小さく輝くアクアマリンの力で自ら守られているだけである。妖魔こそ入っていないものの、正確なカットと研磨によって真価を解き放ったアクアマリンが、あらゆる液体から俺とラピスを守ってくれる。
ちなみにこのアクアマリンは、アズールが卒業試験と称してラピスに加工させたものである。
そんな訳で体を泡だらけにしても、ざばざばお湯をかけても俺は平気なのだ。
一通り洗い終え、ざぶんと湯船に入る。
「はぁぁぁぁ……」
「疲れが湯に溶けるってか?」
「んん……浴槽に使われてる御影石がすべすべに磨かれてて気持ちいい……!」
……さいですか。
ラピスがお風呂……というか浴槽の御影石を堪能していたところで、にわかに脱衣場のほうが騒がしくなった。ドタドタと音がしたり、擦り硝子越しに人影が見えたり。
すぐいなくなるだろ、と思っていたのだが、入れ替わり立ち代わり、人が入っているようだった。
「……荷物、心配じゃねーか?」
「んー……貴族の家だし、大丈夫だと思うけど」
「貴族本人はともかく、手癖が悪いのがいねぇとも限らねーだろ?」
俺の言葉に、渋々立ち上がったラピスが戸を開けて様子を伺えば、そこには申し訳なさそうな顔をした侍女が立っていた。
他の侍女たちをまとめる立場であろう、年配の侍女である。
丁度、戸を開けてラピスに声を掛けようとしていたところだったらしい。
「あのう……どうしたんですか?」
「あ、いえ……ちょっとお願いがございまして」
「どうぞどうぞ」
「実は先ほど、ルーチェお嬢様が『侍女がいかないのであれば私がお姉さまのお背中を』と走り出しまして」
言いづらそうな表情をしながらも、侍女はため息とともに言葉を吐き出した。
「そのあと脱衣場で、すりガラス越しにラピス様の影を見て、お倒れになったのです」
「えっ!? 大丈夫なんですか!?」
「はい。興奮しすぎただけですから……今は鼻血が止まるまで自室で休まれております」
「鼻血!? どこかぶつけたり……?」
「いえ。自然にといいますかある意味では不自然にと言いますか……怪我ではなく勝手に鼻血が出てきただけです。ですが、大事を取りまして会食は明日の昼に変更させていただけないかと思い、伺いに参ったのです」
「構いませんよ」
ほっと一息ついた侍女は、それから、と言葉を重ねた。
「もし今後、ルーチェお嬢様がラピス様とご一緒に湯あみをされたいとわがままを言い出しても、断っていただきたいのです」
「? 良いですけど、どうしてです?」
「その、刺激が強すぎると言いますか……私ですらちょっとどきっとしましたので、お嬢様はほぼ間違いなく気絶します。湯船で気絶されると命に関わりますので」
「……? 分かりました」
身体が弱いのかな、と呟くラピスだがおそらく違うと思う。
そんなわけで俺達は立派な客間へと案内され、ヴィルヘルム伯爵家で一泊することになった。
……ルーチェが倒れたのって偶然だよな? 泊まってほしくてわざとってことはないよな?
「おい、寝る前に一応鍵は掛けとけよ」
「もちろん掛けるけど、なんでわざわざ。そこらの宿なんかよりずっと安全だと思うよ?」
違う意味で寝込みを襲われる可能性が出てきたからだよ!
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