魔法使い

 と、言うことは不幸中の幸い。4日前に俺に向けて魔法を放ったエージェントは今回のレジーナとの戦闘において、魔法の使用が出来なかったということだ。


 「だからまあ、使いどころは気を付けろってことだね」


 「……はい」と、掠れた声で俺はまた相槌を打つ。頭が回らず、気が利いた返しなんて言えそうに無かった。


 「ようやく顔色が良くなってきたじゃないか。傷がふさがって来たからかな?」


 俺は自分の胸に目をやる。確かに、そして明らかに、当初と比べると胸に空いた傷は塞がり、小さくなっていた。だけども、相変わらずの息苦しさは変わらない。


 「ほら、行くよ」


 そんな感じで傷を治すことに注力しつつ、俺はウィンドと飄々とした雑談を続けながら、長ったらしく続く海岸に沿って歩き続けた。

 レジーナの所へ早く向かいたいのはやまやまだったけれど俺の体はそれを認めてはくれなかった。


 ______


 砂浜に横たわっていたレジーナを見つけるころには、胸の傷は既に完治していた。つまりは息苦しさも無くなり、呼吸もだいぶ楽になっていた。

 レジーナは両手両足を脱力するように放り投げ、うつ伏せになって倒れていた。意識はあるのだろうか。俺は急いで駆け寄った。


 「おい!レジーナ大丈夫か!」


 俺は体を激しく揺さぶった。レジーナの腕がピクリと反応する。意識はあるみたいだ。


 「……生きてるよ。……てか揺さぶるんじゃねぇ!痛いだろうが!」


 「あっ……すまん……」


 うつ伏せになっていた体を仰向けにしようとしたとき、レジーナが叫んだ。悲痛な叫びだったが、顔も体も突っ伏している状態ではなかなかどうして面白くもある。


 「あ~……指一本動かせねぇ……全身が痛すぎる……。てかなんだよあの女、強すぎるだろ」


 相変わらずのうつ伏せ状態で、レジーナは言った。どうも疲労で倒れてしまったらしい。


 「レジーナ……ありがとう。無事でよかった」


 そんなうつ伏せになったレジーナに、俺は感謝を込めて、礼をした。レジーナはただ一緒に戦ってくれただけではなく、大事なことに気づかせてくれたのだ。何度礼をしても足りない。


 「……全然いいさ。私こそ、お前が無事でよかった」


 「いやはや、僕の契約者ともあろう女が、中々無様な姿を晒しているじゃないか。ええ?」


 気付けば、俺に追いついたウィンドが、厭味ったらしくレジーナにそう声を掛けた。まるで今初めてこんな状態であることが分かったような言い草だった。そんなことないのに、悪趣味なものだ。


 「うるせぇ……」


 うざったそうにレジーナは言う。日常茶飯事のようだ。


 「まったく困るよレジーナ君。君がそんなんだったら僕まで大したことないと思われるじゃないか」


 ウィンドは笑いながらそう続ける。どうやらこの神は人をからかうことが随分と好きらしい。

 

 「あーもう黙れ黙れ」


 「もうちょっと頑張れたんじゃないかなぁ?まさかスピード負けなんてしてないよね?」


 こうしたウィンドのからかいは、小一時間ほど続いた。俺は何もできずに、途中からはずっと海を眺めていた。こうして改めて見ると、奇麗なものである。


______


 そこは何もない白に囲まれた空間だった。

 その空間はただひたすらに広がっていた。

 その空間は四方を壁で囲まれていた。

 その空間の大きさは、その空間の主でさえ分からなかった。

 その空間を囲む壁にたどり着くことは絶対になかった。

 その空間を囲む壁に近づけば近づくほど、空間は膨張していた。

 その空間の地面は、鏡のように、ただ広い空間をまた、映し出していた。

 その空間の壁は、時に様々な景色を映し出していた。

 その空間は時に海中、時に空、時に森へと姿を変えた。

 その空間には全てが存在していた。

 その空間には何もなかった。


 今、唯一あったのは、白の丸テーブルとそこに置かれた二脚の椅子__そしてその二脚の椅子に座った2人の神である。


 「相変わらずの殺風景な部屋だな。ずっといると目が痛くなる」


 この空間に不満をもらす神の名を、ウォーターと言った。彼は傲慢不遜な態度で両手を組んで腹ほどに据え、テーブルに脚を乗り上げていた。


 「足を下げろと、こちらも相変わらず、毎回言っていると思うんだがのう……。そんな簡単なこともできないほど、お前さんの脳は退化してしまったのかい?」


 そのウォーターに苦言を呈す神の名を、ウーノスと言った。この空間の主である彼女は、脚を組んで頬杖をつきながらウォーターと見合っていた。


 「それで俺が脚を下げるのも相変わらず……と、さて、本題に入ろうじゃないか」


 ウォーターはテーブルに乗り上げていた脚を下げ、組みなおし、ウーノスと

見合って、そう言った。

 傍から見れば美青年と美少女が楽しくおしゃべりをしているようである。


 「__復活したシュオルに、これからどう対処しようかね?正直あいつの性格ならウィンドとすぐに殴り込みをかけてきてもおかしくはないんじゃないか?」


 ウィンドは重々しく口を開いた。


 「それはないのう。儂は封印を二段階に分けて施した。今回解かれた封印はその一段階目、力を抑える封印じゃ。二段階目の体を封じる封印は解かれていない」


 「その封印が解かれることはないのか?」


 「それはない。儂もまた封印されるか3神分の魔力で封印式を乱さない限り、二段階目の封印が解かれることはない。それは明らかに不可能じゃ」


 「じゃあ取り合えずあのシュオルの契約者を殺すことのみに注力すればいいわけだ」

 

 「そうじゃ」と、ウーノスは相槌を打った。これまで、表情は何1つ変わっていない。



 


 


 

 

 


 


 

 

 


 

 


 


 

 


 



 


 

 



 



 


 


 


 


 

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