第21話 孤独な蟲毒


むかしむかしあるところに、蟲毒こどくがいました。


蟲毒の住む村はとても美しい自然に囲まれた、他の村からは楽園とも呼ばれるところでした。


北の崖には細い滝が、白い糸が溶けるように流れ落ちていて、滝つぼに願いを告げれば叶うという言い伝えがありました。


東の野原から昇る朝日は黄金に輝き、一日の幸せを約束する神様として崇められていました。


南の砂浜はいつも暖かく、村の伝統的な歌に、この空と海の青さを歌ったものがたくさんありました。


西側の山に沈む夕日は村を丸ごと絵具で塗ったように真っ赤に染め、名だたる怪盗たちが宝石と間違えて盗もうとしたと噂されていました。


そんな村の唯一の汚点が、蟲毒でした。

村の人はみんな、蟲毒の存在を隠そうとしました。蟲毒の家は、滝の裏側の穴に用意され、勝手に外へ出ることも許されませんでした。


ある日、蟲毒はいつものように村長に手紙を出し、明日の夜に街へ出て買い物をしたいと申し出ました。しかし返事には、こう書かれていました。

『これからしばらく、隣の村からたくさんのお客さんが来るから、わたしがよいと言うまで穴から一歩も出ないでほしい』


蟲毒は、それなら仕方ないと思い、大人しく待つことにしました。蟲毒は生まれたときからこうでしたから、もう慣れっこだったのです。


蟲毒は穴の中にいました。ずっと、穴のなかで、街が賑やかに楽しそうに騒いでいる音をきいていました。

ああ、花火が上がったな、お昼だというのに。よほどめでたく賀すべき日なんだろう。この香りはパイかしら。風に乗ってやってくる。


蟲毒は待ちました。お祭りが終わり、村長から許可が出るのを待ち続けました。

今日も花火が上がった。パイの匂いがする。歌声もきこえる。みんな、楽しそうだ。


蟲毒はお腹がすきました。食糧庫へ這って行きましたが、やはり、もう何も残ってはいませんでした。


蟲毒は眠ることにしました。楽しい夢でも見て待とう。暖かい日の下で、おいしいパイを食べながら、広場で踊るみんなを眺める夢を。踊りに誘われたらどうしよう。

うまくステップは踏めるかしら。友達は、できるかしら。


そんなとき、コンコンと岩をたたく音がして、スズメがやって来ました。

「お待ち遠さま。村長の遣いです。さあ、街へ行きましょう」


蟲毒は戸惑いました。今はまだお昼前です。蟲毒が街に出てもいいのは、日が落ちてからのはずでした。


スズメは笑いました。

「お祭りですよ? みんなで祝わなくて、どうするのです」

蟲毒は驚いて、だけどとても嬉しくて、何日も空腹だったことも忘れて支度をしました。


身なりを整えて穴の外に出ると、真っ白な太陽の光が蟲毒に降り注ぎました。あまりに眩しくて蟲毒は目をつむりました。


ふと見ると、滝の右横のくぼみから街へ、一直線に虹がかかっていました。蟲毒が足を踏み出すと、虹はシャリっと冷たくて、滑らかな心地がしました。


虹を渡って街に着くと、みんな蟲毒を歓迎しました。

「遅いよー」

「君のこと、ずっと待ってたんだよ」

「これは君のために焼いたパイさ。召し上がれ」


蟲毒は広場のベンチに座り、パイを食べながらみんなが歌い踊る様子を眺めました。


「ねえ、君も踊ろう」

「食べ終わったら、いつでも来いよ」

「友達になろう。これからはいつも一緒さ」


蟲毒は幸せでした。


しばらくして、本当にしばらくの日が経って、村長が滝の穴を訪れたとき、蟲毒は隅っこで丸くなっていました。身体はとても軽く、骨が浮き出ていました。


村長は息をつくと、蟲毒をそのまま置いて、穴を大きな岩でふさぎました。そして街に戻ると、何事もなかったかのようにお祭りを楽しみました。


今でも、四方に美しい自然を持つその村の滝裏には、不自然におかれた岩があります。もちろんそのなかには、孤独な蟲毒がいるのです。


幸せな夢を見ながら永遠の眠りについた、嫌われ者の蟲毒の死体が。

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