第三章・番外編終了:A&B-2-3 男たちの平日の息抜き

3月15日・金曜日・22時05分
志村は帰宅後、書斎でさきほど買ってきた熱血ロボットアニメと、新しく手に入れた模型を眺めていた。

志村の二階にある書斎には、恋愛ものを除くあらゆるジャンルの漫画や模型コレクションが所狭しと並んでいる。
反対側の棚には、古典文学や小説、そして科学雑誌が整然と並び、その中でも幼い頃から志村が最も愛してやまないのは、時代劇風の探偵小説シリーズ──「怪盗・阿松ルピン」だった。


加藤は実習を終えて帰宅すると、手元のノートを片づけ整理し、そのままパソコンと参考書を開いて勉強を続けた。


スマホのメッセージに返信しながら、今日の給与明細に目を通し、そして台所へ何か食べるものを探しに向かった……。


23時05分
不動は帰宅すると、慌てて変装を解いた。
「やばいやばい、遅れる……」
そう口の中でつぶやきながら浴室へ駆け込み、手早くメイクを落としてシャワーを浴び、部屋着に着替えると、すぐさまパソコンを立ち上げた……。


23時45分
「全員ログインしたか?」
志村は最初にチャットルームに入り、待っていた。


「来た。」「来た。」
続いて加藤と不動もチャットルームに入ってきた。


「今日の任務は分かってるな?」
「分かってる。」
二人同時に答えた。


三人の男たちが遊んでいるのは、最近サービス開始から二周年を迎えたオープンワールド型ファンタジーオンラインゲーム──『魔王世界』だ。
ゲーム内容は、さまざまな魔物を倒し、宝物を手に入れて装備やレベルを上げていくという王道のスタイル。
本日の特別イベントでは、高難度の特殊モンスターがワールドマップ上のランダムな場所や洞窟に出現する。


志村は多くの時間を費やし、ゲーム攻略サイトが提供する魔物の出現確率や、各地での魔物生成時間をもとに、今回の周年イベントで出現する可能性が高い特殊高位モンスターの出没地点を割り出した。


これらの作業はプログラムに任せることもできるが、このゲームを愛してやまないファンであり、かつ品行方正なプログラマーである志村には、どうしても譲れない信念と破ることのできない道徳的な基準があった。


23時48分

「まずはオーマン地域のあの洞窟の近くに転送して待とう。

イベントモンスターはおそらく0時ちょうどに出現するはずだ。」

志村はそう二人に告げた。


ゲーム内での標準的なパーティ人数は五人だが、スキルと連携さえあれば、一人でクリアできる任務や魔物も存在する。

三人はすでに半年ほど一緒にプレイしているが、実はゲームがリリースされた当初から全員が遊んでおり、後になって互いにこのゲームをやっていることを知ったのだった。



志村のキャラクターはタンク系の戦士で、敵の注意を引きつけ、ダメージを受け止める役割を担い、時には仲間を守る盾にもなる。キャラクター名は「羅平」。


加藤はサポート系のプリーストで、仲間の状態管理や回復など後方支援を担当している。キャラクター名はそのまま「加藤」。まったくキャラ名を考える気がない……。


不動はダメージディーラーの騎士で、最近ようやく大剣士に転職したばかり。キャラクター名は──
「南無世阿弥死神閻魔大王」。


中二、マジ中二だ。


三人は加藤の集団転送スキルを使い、近くの小さな村へ移動して簡単な補給を済ませ、そのまま洞窟の近くで待機した。


23時55分
「そろそろだぞ、羅平。」
加藤はタンク役に戦闘準備を促した。


ゲーム内では、世界観の設定に合わせて、三人とも互いをキャラクター名で呼び合っている。


まったく、子供かよ……。


「この場所で合ってるといいが……。

そうじゃなきゃ、このあとネットで裏情報を探さないと。」

南無世阿弥死神閻魔大王はそうぼやきながら、自分の回復アイテム欄を確認していた。



「間違いない、俺は何カ月もかけて資料を分析したんだ。」
羅平――彼は数カ月もの時間と労力を費やし、無数のデータを照合・検証してきたのだ。


「なんで直接プログラムを組んで計算しないんだよ。」
加藤がまた突っ込みを入れる。


「それじゃ面白くないだろ?」
「それじゃ面白くないだろ?」
羅平と南無世阿弥死神閻魔大王がそろって加藤に反論した。


言い終わるや否や、突然空が真っ暗になり、稲光と雷鳴が立て続けに轟いた。
天を揺るがすような咆哮が響き渡り、三人は思わず身をすくめる。
深い洞窟の最奥では、魔物の額の中央にある邪眼がゆっくりと開きはじめた。


続いて、それまで閉じて眠っていた両目も開き、燃えるような怒りの光を放つ。
その光が洞窟内の沼気に引火し、炎が走る。
炎と影の中で、その魔物の真の姿がちらつき――
午前0時00分。


「おおっ!」「おおっ!」「おおっ!」
三人の男たちは、パソコン画面の前でこの登場シーンを見ながら、同時に感嘆の声を上げた。


そして、画面の光が三人の顔を真っ白に照らし出していた……。


巨大な暗金色の飛竜が、ゆっくりと洞窟から歩み出たかと思うと、一瞬にして翼をはためかせ、旋回しながら空へと舞い上がった。
天の頂まで昇りつめたその竜は、身を翻し、翼を大きく広げる。


その双翼はまるで果てしなく広がるかのように巨大で、頭上の二本の角は湾刀のように鋭く、尋常のものではない。


次の瞬間、竜は急降下し、着地の衝撃と巻き上がった灰が三人を直撃し、吹き飛ばした。


羅平はそれを見て黙ってはいられず、立ち上がるやいなや素早くキーボードの数字キー「1」を押した。


すると、羅平は左手を高く掲げ、閃光を放ってその竜の注意を引きつける。
狂竜が怒りの咆哮を上げ、討伐戦が正式に始まった――
午前0時03分。


狂竜は遠くから羅平めがけて突進してきた。
羅平はあらかじめ距離を計算しており、突進してくる瞬間に一撃を加えてから盾で防御するつもりだった。


しかし突然、竜は電光石火の速さで姿を消し、次の瞬間には羅平の目の前に現れた。
驚きはしたものの、羅平の反応も素早く、即座に盾で防御態勢を取った。


それでも凄まじい一撃を受け、盾を構えていたにもかかわらず瞬く間に大きく体力を削られてしまう。


その後方では、プリーストが聖歌の詠唱を始め、戦士の戦力を回復させる。
「今回は補給品をしっかり用意しておいてよかった。そうでなきゃ、一瞬で全滅だったな。」
加藤は、先ほど村で後方支援の物資を整えておいたことに胸をなで下ろした。


「大剣士はなぜまだ動かないのか?」

実はこれは、このゲーム特有の設計によるものだ。
アグロ(敵視を集める)、分析、そして決闘――この三つが基本要素。


各ミッションの標準的な立ち上がりは、まずタンクがモンスターの注意を引き、攻撃を受け止める。


一方、ダメージディーラーはしばらく距離を取り、モンスターの動きやパターン、そして弱点を観察・分析してから攻撃に入るのだ。


序盤の状況が明確になるまでは、大剣士がむやみに手を出すことはない。

午前0時06分。


数回の攻防が続いた後、南無世阿弥死神閻魔大王がついに参戦した。
彼は数字キー「1」を押し、初撃に剣気を放って遠距離から魔物の両の爪へと斬撃を飛ばした。
すると狂竜は長い爪を振りかざし、剣気の飛ぶ方向を一閃――その瞬間、魔法はあっさりとかき消された。


「両爪で魔法を破れる……やっぱり以前の分析どおりだな。」
実はこの遠征のために、三人は事前にいくつかの戦闘パターンを密かに検討していたのだった。


大剣士が参戦してから、状況はやや逆転し始めた。
狂竜の一つひとつの攻撃動作のわずかな間合いに合わせ、大剣士はタイミングを見極めて強斬や突きを繰り出し、次第に戦闘のリズムを作り出していく。
タンクとは一進一退、一攻一守――まるで十数年の戦歴を誇る遠征軍団のように、互いの呼吸に合わせた戦法を展開していた。


一方、サポート役のプリーストも手を休めることなく、時に回復アイテムを使い、時に呪い・石化・毒など複数の状態異常を解除していく。
三者の連携はほとんど隙がなく、この高負荷の戦闘においても、ヒーラーは三人全員のMPとHPをきっちり管理しており、チームワークの高さがうかがえた。


午前0時25分
戦闘時間は標準任務の平均所要時間に達し、狂竜はついに口から泡を吹き、全身に傷を負っていた。
かつての狂気は、徐々に疲労とダメージに取って代わられ、そして――大剣士が渾身の力で額の中央にある邪眼へ斬りつけると、狂竜は甲高い悲鳴を上げ、そのまま力尽きて倒れ伏した。


任務完了。
その後、三人は戦利品を分配し、戦力を回復しながら、砥石などの道具で武器や装備を修復していった。


「今回の周年イベント、これで終わりとかつまらなすぎないか? まさかこのあと急に復活して、いきなり難易度爆上がり……なんてことはないよな?」
加藤が縁起でもないことを口にする。


「やめろ!」「やめろ!」
羅平と南無世阿弥死神閻魔大王が同時に、そんな不吉な呪いの言葉を止めにかかった。


突然、竜の死骸が強烈な闇の光を放ち、地面には漆黒の魔法陣が瞬時に浮かび上がった。
足元はたちまち黒い泥沼と化し、竜の死骸はその中へと沈み込んでいく。


しばらくすると、大地が激しく揺れ、泥沼からは熱い気泡が弾け、濃密な霧が立ちこめた。


やがて、その霧の中から黒き骸骨の竜が姿を現し、先ほどよりもさらに不吉な気配をまとって再び登場した――
午前0時30分。


「この不吉なこと言いやがって!」「この不吉なこと言いやがって!」
羅平と南無世阿弥死神閻魔大王が、同時に加藤を罵った。


言い終わるや否や、骸骨竜は再び電光石火の速さで襲いかかってきた。
だが今回はタンクではなく、ヒーラーを狙って――?


「えっ……?」
加藤は、この常識外れの攻撃に思わず声を漏らした。回避はしたものの、かすめられて大きなダメージを受けてしまう。


羅平と大剣士も、先ほどの戦闘のように動きを分析してから戦う余裕はなくなり、即座に全員でヒーラーを守る必要があった。
援護役を欠いた状況では、このまま全滅は免れない――。


二人は戦いながら分析を続けたが、戦士のスキルではほとんど竜の注意を引くことができず、竜の攻撃はまったく法則性がない。
戦士は大剣士に反撃の機会を作りつつ、ヒーラーの安全も守らねばならなかった。


さらに、物理攻撃はほとんど骸骨竜に通用せず、戦況は一気に未知の領域へ突入する。


三人の回復アイテムや後方支援物資は、瞬く間に底をつきかけていた――
午前0時40分。


「どうする? 援軍呼ぶか?」
加藤が問いかける。


ゲーム内の仕様では、報酬とペナルティは非常に極端だ。
ソロクリアとチームクリアの報酬を比べれば、当然ソロの方が最高報酬を得られる。
今回の周年イベントでも、チームのみで一発クリアすれば報酬は3倍。
だが援軍を呼べば、協力者に報酬の3分の2が入るため、これまで三人が積み重ねてきた努力はほぼ丸ごと持っていかれる計算になる。


三人は苦戦の中、その選択を迫られていた――。


「援軍を呼べ!」
羅平はほとんど言い終えると同時に、素早く決断を下した。
「重要なのは報酬じゃなく、任務達成だ。」
羅平がそう付け加える。


加藤はすぐさま信号弾を放ち、協力ミッションの招集を発信した。


援軍要請を出したその瞬間、すでに誰かが素早く戦場へ駆けつけてきていた。


「なんだこりゃ!?」「なんだこりゃ!?」「なんだこりゃ!?」
三人が同時に叫んだ。


なぜなら、彼らが目にした援軍の名前は──
「アップル.オレンジ.アイスクリーム」。

その瞬間、胸に嫌な予感が走る。


しかしよく見ると、その女性魔法使いはプロポーション抜群で、しなやかな体つきをしており、頭にはウィザードローブを戴き、最高級の戦闘用鎧を身にまとっていた。
そして戦場に足を踏み入れるやいなや、すぐさま呪文の詠唱を始めた。


瞬く間に三発のホーリーライトが放たれ、骸骨竜はその光に打ち砕かれて灰となり、跡形もなく消え去った。
まるで先ほどの三人の死闘が、一場の笑い話だったかのように――。

「………………」
三人は顔を見合わせ、言葉を失った。


すると、その女性魔法使いは宝箱の前に立ち、自分の手に入れた戦利品を拾い集め始めた。


「……ありがとう?」
三人は、援軍として駆けつけてくれた通りすがりの女性魔法使いに、一応礼を述べた。


しかしその魔法使いは、一言も発することなく、自分のアイテムを拾い続けている。
……オンラインでは男が女キャラを演じていることも多いし、口を開かないのも無理はない、と三人は心の中で思った。


画面のチャット欄に、突然その人物からのメッセージが表示された:

アップルオレンジアイスクリーム:
「裏情報だと、第2段階は物理防御がほぼ100%になるって話だよ? 知らなかったの?」


「……知らない……」
羅平はボイスチャットでそう返す。


アップルオレンジアイスクリーム:
「てっきり、こんなに早く攻略始めたからには、もう下調べは済んでるのかと思ったよ……」

さらに文字を打ち込み――

アップルオレンジアイスクリーム:
「じゃ、私は行くね。 “戦利品” ありがとう。」


……わざわざカギ括弧で皮肉ってきやがったな、と三人は心の中で思った。


「ハハッ! じゃあね!」
そう打ち込むと、彼女はそのままテレポートで現場から姿を消した。


「“ハハ”まで返してきやがって、どんだけ挑発的なんだ!」
三人は激しく憤った。


残された宝箱から手にできたのは、たった3分の1の戦利品。あまりにも少ない。


そんな情けない戦利品の量を見て、三人はしばし沈黙し――そして一斉に笑い出した。


「次はあの女魔法使いに会っても、絶対“ハハ”でやり返してやる……」
加藤が怒りをあらわに言った。


「……本当に俺、準備不足だったのか?」
志村は自分を疑いはじめる。


「魔法使いってやっぱり強いのかな……俺も新キャラで作ってみようかな。」
不動も新しいキャラクターを育てたくなってきた。


こうして三人は街で装備や戦利品を整理し、戦闘を振り返って戦術を検討しながら会話を続けた。
そして午前1時30分、ログアウトした。


―つづく



…………………………………
日時:3月15日・午前26時00分***
フランケンシュタインのモニター画面には、これまでの任務で集めた裏社会の帳簿データが、ひとつひとつ精査されて表示されていた。

そのとき突然、警告メッセージがポップアップし、映像管モニターに映っていた緑色のコードが一斉に赤い文字へと変わった。
警告ウィンドウには、こう表示されている──


警告:同一の帳簿数値が3件、重複して検出されました。


備考:

志村の家:
円満市の郊外住宅地にある三階建ての普通の一戸建て住宅で、出口崎口駅から徒歩約5分の距離に位置している。


一戸建てで、広さは約40坪ほど。外周には塀と駐車スペースがある。
1階は志村と葵の共有生活空間。
玄関に入って左側が二階への階段、奥側に浴室があり、そのさらに奥には洗濯機と乾燥機が設置されている。


廊下右側には、簡素なテレビとソファ、カーペットが置かれたリビングがあり、リビングとキッチンは壁で仕切られ、その壁にはオープンカウンターが設けられている。
廊下の突き当たりは屋外の簡易庭園になっている。


2階は志村の部屋のフロア。

階段を上がった先に廊下があり、左側に浴室、階段口右側にはクローゼットの仕切りがある。

廊下の突き当たりには大きなバルコニーがあり、浴室と廊下の反対側には、左側に志村の書斎兼模型コレクション室、右側手前の部屋はPCゲーム室、最奥は簡易浴室付きの主寝室となっている。


**

怪盗阿松羅平:
-怪盗-阿松ルピン

-The Incredible Thief: Àson Lupin

-The Kaitou Àson Lupin


時代劇風の探偵小説で、のちに時代劇ドラマとして映像化された。
怪盗として悪を懲らしめる阿松は、悪事で財を成した富豪からしばしば財宝を盗み出す一方、正義の化身として民間の奇怪な事件を解決することも多い。
もう一人の主人公である西洋出身の名探偵とは、犬猿の仲でありながら時に協力し、時に対立する。
物語は東西両方の舞台にまたがり、かつて一世を風靡した。


***

「26:00」:
円満市で慣用される深夜時間の表記で、翌日午前2時を意味する。深夜番組や当日の任務が終了していない時間延長の際に用いられる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る