第44話 お母さんからのプレゼント

 ドーナツを買って月乃の家に戻ると、瞼をぱんぱんに腫らした月乃が出迎えてくれた。

 今朝だって月乃の目は腫れていたけれど、もっとだ。一目で、直前まで泣いていたのだと分かるほど目も赤い。

 けれど心配にはならないのは、月乃が穏やかな笑みを浮かべているから。


 よかった。月乃、ちゃんと芳江さんと喋れたんだ。


「ドーナツ買ってきたよ。一緒に食べよう?」

「ありがとう、ひま」

「多い方がいいかなと思って、とにかくたくさん買ってみたの!」


 ほら見て、と箱を広げると、お母さんが『日葵のお小遣いでね』と笑いながら口を挟んできた。

 本気か冗談か分からないけれど、できれば冗談であってほしい。月乃と遊びまくっている上にバイトを休んでいるから、実はそこそこ金欠なのだ。


「……ひまって、ハンバーガー屋さんでバイトしてるんだっけ」

「あ、うん。最近は休んでるけど」

「今度、ひまがバイトしてるところも見てみたいな」

「……え?」


 私の目をじっと見つめた後、月乃がくすっと笑った。


 月乃には、冬休みの間はバイトを全部休んだと伝えている。

 だとすれば今の発言は、そういうことだと思ってもいいのだろうか。


「ひま。私、これからもここにいていいんだって」

「本当!?」


 お母さんや芳江さんがいるのも忘れて、勢いよく月乃に抱き着く。バランスを崩しかけながらも、月乃はちゃんと私を受け止めてくれた。


「うん。学校のこととか、手続きのこととか、そういうのは全部これからだけど……でも、絶対もう、東京の家には戻らないから。おばあちゃんと話せたよ」

「やったーっ!」


 難しい手続きのこととか、そういうのは私にも全然分からない。

 でも月乃がここにいたいと望んで、それを芳江さんが許してくれた。だからきっと、大丈夫だ。


「これからはずっと一緒なんだよね!?」

「……うん」

「よかったぁ……」


 安心すると気が抜けて、床に座り込んでしまう。慌てた月乃が私の肩に手を置いた瞬間、ふと月乃の髪の毛が目に入った。


「月乃、髪伸びたよね」

「……そうかな?」


 嬉しそうに笑った月乃は、本当に綺麗だった。





「月乃ちゃんもずっとここにいるって決まったわけだし、日葵も落ち着いて勉強ができるわよね?」


 家に帰るなり、お母さんはいきなりそう言い出した。


「え?」

「月乃ちゃんのことがあるから目をつぶってたけど……日葵、全く宿題してないわよね?」


 ぎろり、と睨まれてとっさに目を逸らす。お母さんの言う通り、私は冬休みの宿題を全くしていない。


 だって、それどころじゃなかったんだもん! 仕方なくない!?


「ちなみに、飛鳥はもう全部終わってるわよ」

「えっ!?」


 お姉ちゃんは私と違ってスポーツ科在籍だから、私とは宿題の量も全く違う。だけど多忙なお姉ちゃんが、既に宿題を終わらせているとは思っていなかった。


「次は日葵から終わったって話を聞く番よね。ね、日葵?」

「うっ……」


 どれだけ考えてみても、これから宿題をしない正当な理由が思い浮かばない。


「……こ、これからやるから……」

「約束よ。ちゃんと終わったら、ご褒美もあるから」

「え!?」


 ご褒美、という言葉に目を輝かせると、現金な子ね、とお母さんが笑った。

 そして財布から二枚のチケットを取り出す。


「これ、たまたまキャンペーンをやってて安く買えたの。日葵がちゃんと宿題を終わらせられるなら、日葵にあげる」


 お母さんがくれたチケットには『杉野森すぎのもりホテル宿泊ペアチケット』と書かれていた。

 杉野森ホテルといえば、別府べっぷ市にある有名なホテルである。地元民からも観光客からも人気で、私も何度か家族で行ったことがある。


「い、いいのっ!?」


 大きな温泉と豪華なバイキングのついた杉野森ホテルは、やはり宿泊料も高いのだ。少なくとも、高校生が気軽に払える値段ではない。


「ええ。月乃ちゃんと楽しんできなさい」


 ぽん、とお母さんは私の肩を軽く叩いた。

 もらった、じゃなくて安く買えた、と言っていたから、お母さんがわざわざ私のために用意してくれたものなのだろう。


「ありがとう、お母さん! めちゃくちゃ楽しんでくる!」

「それはよかった。宿題、忘れないでね?」

「うん! もう今日中に全部やっちゃう!」

「……日葵。ただ終わらせるんじゃなくて、ちゃんと考えてやりなさいよ」


 呆れたように言うと、夕ご飯の用意しなくちゃ、とお母さんはキッチンに消えた。

 すぐにチケットの写真を撮って、月乃にメッセージを送る。


 よし! 宿題頑張ろ!

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