第23話 共通の初めて
「すごい……! 大御馳走じゃないですかっ、芳江さん!」
「だって今日は大晦日だもの」
胸を張った芳江さんはずいぶんと誇らしげだった。そしてテーブルの上には、誇るのに相応しい料理の数々が並べられている。
新鮮な刺身はマグロ、サーモン、ぶりと三種類もあるし、脂ののった大トロもある。深皿いっぱいに入った蟹の足や、大皿に並べられたカットステーキも魅力的だ。
とても三人分とは思えない料理の数は、正直、予想以上だった。
「いっぱい食べて。明日はお正月用におせちも用意してあるから」
「全力で食べます!」
芳江さんが気合を入れて用意してくれた以上、残すのは失礼にあたる。特に刺身等の鮮度が大切な物は、食べてしまわなければもったいない。
「二人はいっぱい食べてくれるから、作り甲斐があるねぇ」
目を細め、芳江さんが幸せそうに笑った。彼女の茶碗に盛られた米も、前より多くなっている。
そっか。月乃が帰ってくるまで、芳江さんは一人だったんだもんなぁ。
私には一人暮らしの経験どころか、家で一晩一人きりになったことすらない。両親が出かけていてもお姉ちゃんがいたから。
だから私は、一人で食事をとることもほとんどない。
毎日家に一人で、自分が食べる分だけを食べて暮らす。
それって、どういう感じなのかな。
「日葵? どうかした?」
「ううんっ! どれから食べようかなって!」
どれからでも、と言った芳江さんは、真っ先に肉へ箸を伸ばした。なんだかちょっと意外で、だから面白い。
芳江さんのことも、もっと知りたいな。
月乃の家族だから、という理由はもちろんある。でも、それだけじゃない。
年齢も性格も生き方も、私と芳江さんは全然違う。だけど、だからイメージできない、じゃなくて、ちょっとでも想像できるようになりたい。
「……蟹、むくの難しいね」
隣を見ると、月乃は蟹の殻をむくのに苦戦していた。代わりにやってあげたいところだけれど、実は私も蟹の殻をむくのは下手なのだ。
いつもお母さんにやってもらうんじゃなくて、やり方ちゃんと聞いておけばよかった!
三人のうち芳江さんだけが、あっさりと蟹の殻をむいている。
お母さんもそうだけど、大人っていつからスムーズに蟹の殻をむけるようになるんだろう?
◆
満腹になった後、私と月乃はこたつで横になった。芳江さんは隣の和室で眠っている。年越しの時に起きていられるように、一時仮眠をとるのだと言っていた。
テレビで流れているのは定番の音楽番組だ。知っているアーティストも出るけれど、誰か目当てがいるわけじゃない。ただなんとなく、大晦日といえばこれかな、と思っただけ。
「……私、ちゃんと年越しそば食べられるかな」
月乃が不安がるのも無理はない。夕飯はかなりのボリュームで、私も動くのが億劫になるほど身体が重い。
「大丈夫だって! まだ時間あるし」
年越しそばは縁起物だし、芳江さんがはりきって準備すると言ってくれた。海老天もあるからね、と買い出しから帰ってきてすぐに言っていたのだ。
だから、多少無理をしてでもちゃんと食べたい。
「日葵は毎年、大晦日はどんな感じなの?」
ぼんやりとテレビを眺めながら、月乃が聞いてきた。
「朝から家族みんなで大掃除して、夜は御馳走食べて……って感じかな? 夜遅くに神社に行ったりはしないから、結構ゆっくりしてるかも」
「そうなの?」
「うん。大晦日でも、お姉ちゃんは夜更かししないから」
大晦日は特別な日だ。でもだからといって、お姉ちゃんは夜更かしをしない。
正月早々からサッカーの試合や練習があることは珍しくなかったし、生活リズムを崩すことをお姉ちゃんは嫌うのだ。
置いていっていいって言われても、それは嫌だもん。
というわけで大晦日は夜遅くに神社へ行くこともなく、のんびりと家で過ごすことが多い。
こういう時、月乃は? って聞き返さないの、合ってるのかな。本当は聞いた方がよかったりするのかな。
あからさまに気を遣っています、と宣言しているようだとも思う。
でもそんなのは今さらだ。
「……月乃は今日、神社行きたい?」
「ううん。夜遅いと危ないし、寒いし。それに、徒歩だとちょっと厳しいかなって」
「確かに」
この近くに歩いて行けるような神社はない。誰も車を運転できない以上、夜に神社へ行くのは厳しいだろう。
「だから、神社は明日の朝にしない?」
月乃は自然な動作で私に身を寄せてきた。なんだかちょっと、猫みたいだ。
「もちろん! 行こうよ。元旦は混んでるだろうけど、せっかくだし」
都会ほどじゃないだろうけれど、このあたりでも元旦の神社は混雑する。
数日ずらせば神社に訪れる人が減って、快適にお詣りをすることができるだろう。
だけど、せっかくだから、月乃と元旦に初詣に行きたい。
「おみくじ引かない? あっ、絵馬とか書いちゃう?」
「絵馬、書いたことないかも」
「本当!? 実は私もないの!」
神社で見かけることはあっても、わざわざ絵馬を購入したことはない。それが月乃と同じだということが、なんだかすごく嬉しい。
「一緒に書こうよ、ねっ!」
嬉しい。私達にも共通の初めてがあったんだ!
「……うん。書く内容、決めとかないとね」
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