第21話(月乃視点)とまったままの約束

 すやすやと寝息を立てて心地よさそうに眠るひまの額をそっと撫でる。んん……とわずかに声を漏らしたけれど、起きることはなかった。


 絶対、私のせいだよね。


 ひまは毎日私のところへきてくれて、私を楽しませようと全力を尽くしてくれている。

 体調を崩してしまったのは、確実に私のせいだ。


 寝顔、可愛い。


 ひまはいつも元気いっぱいで、起きている時は静かになる瞬間がほとんどない。もちろんそんなひまのことが大好きなのだけれど、具合が悪いひまもひまで、新鮮で可愛かった。


 ひまの肌、綺麗だったな。


 汗を拭く、という名目で先程ひまの素肌を見た。真っ白、よりは少しだけ健康的な肌色だったけれど、元々ひまはかなり色が白い。だから、不健康にも見えないし、綺麗で、ちょうどいい色だった。

 それにきめが細かくて、当たり前だけど、不自然な痣なんて一つもなかった。


「……ひま」


 ゆっくりと手を伸ばし、ひまの唇に触れる。んん、と声を漏らしてひまは寝返りを打った。

 明日で今年は終わる。あと2回寝れば来年で、そして、少し経てば冬休みは終わってしまう。


「あの約束、覚えてる?」


 結婚しよう、なんていう子供じみた約束。ひまは忘れてしまったかもしれないけれど、私は一度だって忘れたことはない。


 ひまが言ってくれる『好き』は、友情? それとも恋?


 立ち上がって、ひまを起こさないように馬乗りになってみる。もし今この部屋に誰かが入ってきたら、私は好きな人の寝込みを襲う罪人だ。


 もし。

 もし今キスをしたら、なにかが変わる? あの約束が動き出す?


 わずかに動くだけで、ぎし、とベッドが軋んだ。


「つきの……」


 起きたわけじゃない。寝言だった。

 どうやらひまは、夢の中でも私のことを考えてくれているらしい。


 キスなんてできるわけない。幸せな約束が、優しさにつけこんだ呪いになるかもしれないのに。


 今の私は、どう考えてもひまに相応しい人間じゃない。

 ひまにはきっと、もっとぴったりな人がいる。分かってる。分かってはいるのだ。


 でも、私にはひましかいない。


 東京に戻れば、また地獄のような日々が始まる。高校を卒業したらもう、自由になれるだろうか。そもそも高校は義務教育ではないのだから、いっそ、今すぐに飛び出してしまおうか。


 そんな考えが頭をよぎらなかったわけじゃない。臆病で意気地なしだから、実行に移せていないだけだ。


「……ひま」


 キスはしない。代わりに、そっとベッドにもぐりこんだ。一人用にしてはちょっとだけ大きいベッドは、私が入ってもまだ余裕がある。


 風邪、移っちゃうかな。

 移ったら、ひまに看病をしてもらえるかも。


 そう考えてしまう自分の狡さが嫌になる。そっと息を吐いて、私は目を閉じた。





 目を覚ました時、ひまはまだ私の横で眠っていた。先程と比べたら、顔色はずっとよくなっている気がする。

 額の温度を手のひらで確認すると、もうすっかり平熱に戻っていた。


「……よかった」


 音を立てないようにベッドを下りる。椅子に座って服の乱れを整えたところで、月乃? とひまが目を覚ました。


「今何時……って、もうこんな時間!? 私めちゃくちゃ寝てたじゃんっ!?」


 飛び起きたひまが、枕元にある時計を持って青ざめた。

 現在の時刻は午後六時。確かに昼食のお粥を食べた後、ひまはよく寝ていた。


「月乃、ずっといてくれたの!? ありがとう……! 暇だったよね!?」

「ううん。私も、ちょっと寝ちゃってたから」

「え!? 椅子でだよね!? 痛くなかった!?」


 隣で寝たの、と正直に伝える勇気がなくて、私は曖昧な顔で首を横に振った。


「大丈夫」

「本当?」

「うん。それより、体調はどう?」

「寝たらめっちゃ元気になった! これはもう、完全復活って感じ!」


 笑いながら、ひまが両手でピースしてくれた。明るい笑顔と、額に貼った冷えピタがアンバランスで可愛い。


「……日葵、写真撮っていい?」

「えっ!? 今!? すっぴんだし部屋着なんだけど!?」

「今日の分の絵日記、帰ったら描こうと思って。その資料」


 こう言えば、きっとひまは断れない。

 私の予想はあたって、ひまは慌てて髪の毛を整え始めた。


「月乃。今日の写真は、他の人に見せないでね?」

「見せないよ」


 そんなもったいないこと、するわけない。


 私がひまを独占できるのはもう、残り数日だけ。だからその間に、できる限りたくさん、形に残る思い出が欲しい。

 きっとそれが、手紙のように私を支えてくれるだろうから。


「日葵、こっち向いて」


 スマホを構える。満面の笑みでピースをしたひまは、世界で一番可愛かった。

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