第12話 今はまだだめ

 月乃は真剣な表情で私を見つめながら手を動かしている。なにも喋らずに笑顔を保つというのは、結構難しい。

 だけど一生懸命な月乃の顔を間近で見られるのは、すごく嬉しい。


 月乃、楽しそう。

 やっぱり絵を描くの、今でも好きなんだなぁ。


 幸せの定義なんて人によって違うし、月乃にとっての幸せがなにかは分からない。だけど好きなことを見つけられたら、月乃の毎日は今より楽しくなるはず。


 まあ、私と一緒にいることが幸せだって思ってくれたら一番嬉しいけど……。

 いつか、そんな日がきたらいいな。

 幸せに笑う月乃の隣に、おそろいの顔で立っていたい。





「できた」


 満足そうに月乃が言ったのは、絵を描き始めてから大体二時間後だった。緊張した表情で見せてくれたスケッチブックには、私の似顔絵が優しい色合いで描かれている。


「どう……かな?」

「すっごく可愛い! 私じゃないみたい! いや、めちゃくちゃ私には似てると思うんだけどね!?」


 スケッチブックの私は、満面の笑みを浮かべていた。モデルに慣れてなくてぎこちなくなってしまったかなと思っていたけれど、ちゃんと笑えていたようで安心だ。


「月乃には私がこう見えてるんだって思ったら嬉しいな。ね、これ、写真撮ってもいい?」

「……うん」

「やった! スマホの壁紙にしちゃおうかな!」


 パシャパシャ、とスマホで何枚か絵を撮影する。実物を持って帰れないのは残念だけど、これからこのスケッチブックにいろんな絵が足されるのだと思うと、想像だけで胸がいっぱいになった。


「次のページは私が描く番だよね。私、絵とか上手くないけど……」


 スケッチブックと色鉛筆を受け取り、先程とは役割を変えて月乃をじっと観察する。

 適当に鉛筆で下描きを描いてみたけれど、月乃に似ていないどころか、人間かすら怪しい出来栄えになってしまった。


 やっぱり絵を描くの、難しすぎる。


「日葵、どう?」

「うーん……あっ、そうだ! 描きにくいから、ちょっとだけ前髪触ってもいい?」

「え?」

「今のままだと、月乃の目がよく見えないの」


 月乃が頷いたのを確認してから、月乃の前髪にそっと触れる。センター分けにすると、月乃の綺麗な目が見えた。


 宝石みたいに、綺麗な目。

 隠れてるなんてもったいない。


「ね、月乃。前髪、今のままだと邪魔じゃない? こうやって真ん中で分けて巻いたり、いっそ切っちゃうのはどう?」


 昔の月乃は、ぱっつん前髪にツインテールがトレードマークだった。今は髪が短いから、ぱっつんよりもセンターパートの方が似合うかもしれない。


 ……っていうか、いろんな月乃も見てみたい。

 早く髪が伸びたらいいのに。ツインテールの月乃、また見たいなあ。


「私、ヘアアイロン持ってなくて」

「そうなの? あっ、待ってて。私今、携帯用の小さいやつなら持ってる!」


 鞄から、充電式のコードレスヘアアイロンを取り出す。前髪用の小さな物で、普段それほど使う機会はないのだけれど、持ち歩いていてよかった。


「私がやっていい?」

「うん」


 月乃の前髪を軽くヘアアイロンではさみ、緩やかに巻いていく。

 ヘアセットのためだとはいえ、至近距離に月乃の顔があるのにはどきどきしてしまう。


 睫毛長い、てか目大きい……。

 月乃って本当、お人形みたいに可愛い……。


 前よりも笑顔が減って表情が乏しくなったからこそ、今の月乃には作り物めいた美しさがある。

 昔みたいに無邪気に笑ってほしいけど、今の月乃も今の月乃で、当たり前に魅力的で。


 やっぱり私、月乃が大好きだ。


「日葵? どうかした?」

「う、ううん! できたと思う。ほら!」


 手鏡を月乃に渡す。前髪を確認して、月乃は嬉しそうに笑ってくれた。


「そうだ! 今日買ったリップもつけてみない?」

「うん」


 月乃はトートバックからリップの入った箱を取り出し、丁寧に開封した。そして、中に入っていたリップを私へ渡す。


「……はい」

「えっ?」


 これって、私が塗っていいってこと?


 予想外の行動に驚いていると、月乃の顔がどんどん赤くなっていった。どうやら、月乃も自分がとった行動の意味に気づいたらしい。


「ご、ごめん、日葵……」

「う、ううん。むしろ、塗らせてくれるなら嬉しいし……」

「……嬉しいんだ」

「うん」


 あれ? 月乃、嫌がってない?


 月乃は黙ったままで、私の手からリップを回収しようとしない。これはつまり、そういうことだろうか。


 深呼吸をし、リップの蓋をとる。私がなにかを言うよりも先に、月乃はぎゅっと目を閉じた。


 キスしたい。

 なんて、思っちゃだめだよね。いや、思うだけならいいのかな……?


 震える手で、ゆっくりと月乃にリップを塗る。淡いピンク色は、月乃の肌にぴったりだった。


 キスしたら、どんな味がするんだろう。

 月乃は他の誰かとキス、したことあるのかな。


「……できたよ」


 キスしたい、なんて邪念を必死に頭から追い出す。きっと今私がキスをしたいって言えば、月乃は頷いちゃうだろうから。


 目を開けた月乃が、鏡を見て幸せそうに笑った。


「日葵」

「なーに?」

「ありがとう」

「私こそだよ、本当に」


 だって私、月乃にありがとうって言われるたびに幸せな気持ちになるの。

 私はずっと月乃のことが大好きだったけど、こうして再会して、前よりも好きになっている気がする。

 毎日会うたびに、どんどん月乃で頭がいっぱいになっていっちゃうんだもん。


「ねえ、月乃。私にもリップ、塗ってくれる?」

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