第5話 日葵の決意

「起きな、朝だよ」


 まだ眠い、と返事をするよりも先に、お姉ちゃんは強引に私の布団をはぎ取った。真冬にこんなことをされたら、すぐに目が覚めるに決まっている。


「ちょ、さすがに容赦なさすぎ……!」

「おはよ、日葵」


 背筋をピンと伸ばして立つお姉ちゃんは、既に部活のジャージに着替え終わっていた。枕元のスマホで時間を確認すると午前五時。いつもならまだ五時間は眠っている。


「……おはよう」


 もうちょっと遅くてよかったのに、とは思うけれど、起こしてくれた姉に文句を言うわけにもいかない。気合を入れて立ち上がり、洗面所へ向かった。


「何時くらいなら、行っても失礼にならないかな」


 月乃が起きる前に話はしたいけれど、迷惑をかけるのは避けたい。

 六時半以降であれば、ぎりぎり許されるだろうか。


 なんてことを考えつつ身支度を整える。今日も昨日と同じサイドテールにして、気合を入れるためにいつもよりしっかりとメイクをしてみた。





「……あっ!」


 幸運なことに、おばあさんは家の外で掃き掃除をしていた。目が合った瞬間、家の中に戻ろうとしたのを呼び止める。


 月乃が起きる前に、できれば外で話がしたい。


「聞きたいことがあって。寒いですけど、ちょっとだけここでお話できませんか?」

「私は構わないけど……」

「よかった! あ、これカイロです。まだあったかいので、よかったらどうぞ!」


 コートのポケットからカイロを取り出し、押しつけるようにおばあさんへ渡す。


「ありがとう。……話って、月乃のことよね」

「はい。いろいろ、おばあさんにもお話を聞けたらと思って……っていうか、おばあさんって呼び方もあれですよね。名前聞いてもいいですか?」

芳江よしえよ」

「じゃあ、芳江さんって呼びますね!」


 芳江さんはかなり年をとっていることを差し引いても、あまり月乃に顔は似ていない。

 だけど、纏う雰囲気というか、ちょっとした仕草からは血の繋がりを感じる。


「……あの子と会うのは、ずいぶんと久しぶりなの」


 重々しい口調で、芳江さんはゆっくりと喋り始めた。


「東京に行ってしばらくの間、あの子と……あの子の母親と連絡がとれなくて。この前、ようやく連絡がとれたのよ」

「……はい」

「お金貸して、が母親の第一声だったわね」


 はあ、と芳江さんは深い溜息を吐いた。こんな時、どんな顔をすればいいのか分からない。

 家族仲が悪い人がいることも、お金に困っている人がいることも知っている。だけどそれはあくまでも知識としての話で、私はそういうことに無縁の人生を送ってきたから。


「私はね、ずっと月乃に会わせてもらえなかったの。お金を貸せば月乃を貸してあげるって、物みたいに言われた。そんなことを言う母親の元に、月乃を置いておけなくて」


 いつの間にか、芳江さんの瞳には涙がたまっていた。


「だけど私も、今の月乃のことは全然分からないの。でも小さい頃、貴女と仲良くしていたことを思い出して……」


 私の手をぎゅっと握って、芳江さんは静かに泣き続けた。とりあえず、そっと背中を撫でてみる。


 月乃のお母さんのことは、あんまり覚えていない。

 遊ぶのはいつも私の家だったし、月乃のお母さんは学校行事にもあまり顔を出さなかったから。


 今考えてみれば、月乃の家庭には昔から問題があったのかもしれない。


 いろいろきつい思いをしたんだろうな……。

 月乃がこんなに変わっちゃったのも、そのせいかもしれない。


「芳江さん」

「……ごめんなさいね、泣いたりして」

「いえ。話してくれてありがとうございます。それから、私に任せてください」


 にっこりと笑って、胸を叩いてみせる。芳江さんは目を大きく見開いて、何度かまばたきを繰り返した。


「月乃のことは、私が絶対に幸せにしてみせますから!」


 会えない間、私は月乃になにもしてあげられなかった。きっと月乃は苦しんでいたのに。

 だけど今は違う。私は今月乃の傍にいる。話を聞くことも、抱き締めることも、一緒に遊ぶこともできる。


 私が絶対、月乃の笑顔を取り戻す。

 そして、改めて月乃に言うのだ。


  ―――絶対、結婚しよう、って!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る