第9話 虐め


 私がこうた君と帰らなかった次の日。教室には詰まるような重い空気が立ち込めていた。皆も見ていたから何があったか大体分かってるんだ。


 こうた君はもう話しかけてはこなかった。それは別に悲しくはない。私には大好きな友達がいるから……


 

 私が最も恐れていたのは――――



 (きた……)



 放課後になるとすぐ、なおちゃんはこちらにスタスタ駆け寄ってきた。その顔は酷く冷たくて、虫を見るような目だった。

 なおちゃんは私の肩を強く掴む。爪が食い込むほどに。睨みつけ、威圧される。



 「海夏………あんた!!――――」



 「なお!海夏に何してるの!すぐ離れて!」


 光姫ちゃん……!


 私が放課後に絡まれるのを見越していたのか、すぐに私となおちゃんを引き離した。


 「は?光姫、あんた海夏の肩持つの?コイツがやったこと分かってる?」


 「分かってないのはあんたやろ!うちの海夏ちゃん怖がらせて何してるんっ!」


 綾乃ちゃんも恋ちゃんもすぐ傍にきて私を守ってくれる。


 「意味分かんないんだけど!先にコイツがあたしの狙ってた男子全員たぶらかしたんじゃん!マジキモすぎ!」

 

 「海夏はそんなことする子じゃないよ…可愛い海夏に嫉妬してるの…?」


 「は??嫉妬とか意味わかんないし!お前ら全員頭おかしいんじゃないの。もう行こ、なな、はるか」



 なおちゃんは多勢に無勢だと思ったのか、いつも引き連れている二人と立ち去った。


 強く叩きつけるように閉められた扉の音が教室に響き渡る。クラスはしばし静寂に包まれ、騒然とする。


 「…………っはあ。なんとかなったなあ〜」


 「正直ドキドキした。綾乃よく言ったぞ!!」


 …………心からこの三人がいてくれて良かったと、そう思った。


 「な、なあ海夏。何があったんだ?」


 蓮太が声をかけてくる。心配してくれている様子だ。


 「えっと、私がなおちゃんを怒らせちゃって……それで」


 蓮太には元から思い当たる節があったのか、納得のいったような顔をした。


 「そういう事か……なおのやつ、勝手すぎるだろう…多分まさきとこうたの事だろ?」


 「うん…」


 「それなら完全に逆恨みだな…海夏!何かあったら俺に言えよ。なおは何するか分かんないぞ」


 「ありがと…蓮太」


 「お……おう!//」


 蓮太は顔を赤くして席を離れる。蓮太、優しいな……。


 それから、私達四人は今までで以上に常に一緒にいることが増えた。


 その理由は明らかだった。なおちゃんのグループからの執拗な嫌がらせが始まったからだ。


 ――始めは無視から始まった。陰口を言われたり、画鋲を上履きに入れられたり、配布された紙がこっそり破かれていたりした。


 それでも、その程度で済んだのは三人がなおちゃんたちの行動を常に見張っていたからだ。何かしようとした瞬間、牽制するようになおちゃん達の名前を呼んで怒った。



 なおちゃん達は私と違って光姫ちゃんや綾乃ちゃん、恋ちゃんにはあまり強く出なかった。


 三人とも可愛くて、クラスでも人気者。だからなおちゃん達より発言力があった。そんな状態で虐めは成立しない。虐められる側の方が強くなってしまったのだ。


 私には……たまたま優しくて頼れる友達が何人かいたから何とかなった。いや、これも光姫ちゃんのお陰なんだ……。


 もしも今私が一人で、友達がいなかったらと思うと……怖くてたまらなかった。



 そんな三人や気にかけてくれていた蓮太の支えで、私はどうにか気を保っていた。




 ――――でもある日の放課後…。私の机は落書きでズタズタにされていた。


 誰がやったかは火を見るより明らかだ。痺れを切らしたなおちゃん達だろう。



 「……絶対に許せないよ……こんなこと。海夏が優しいからって調子に乗りすぎ…」



 ――――私は、初めて光姫ちゃんが本気で怒った姿を見た。


 光姫ちゃんは私に大して本気で怒ったことは一度もなかった。ううん、誰に対しても怒りを顕にすることはなかったと思う。


 「もう黙ってられないぞ!!光姫!先生に報告しよう!これは悪戯のレベル超えてるぞ!!」


 「そうやね、恋……これはあまりにも…」

 

 綾乃ちゃんは無惨な姿になった私の机を見つめている。その握った手は――震えていた。



 「………………」





 (でも……いいのかな…)



 私は悩んでいた。


 もちろん、酷いことをいっぱいされて心は傷ついた。なおちゃんの虐めが始まってから、何度涙を流したか分からない。毎日寝れない日々が続いた。



 ――――でも。この三人に本気で糾弾されれば、なおちゃんたちは…………。



 「ま、待って!」


 「…えっ、海夏、どうして?光姫、海夏が傷つけられるのはもう許せないよ…」


 「いや、でも……でも…」


 「大丈夫やで海夏ちゃん!うちらで全部何とかしてみせるから、何も心配しなくていいんよ…」


 「任せて!海夏のためならわたし体張るぞ!!」




 私は……。




 「私は………うん…皆ありがと……」



 

 言えなかった。私のために本気で怒ってくれる人達に、そこまでしなくていいよなんて。



 そんな事言えるほど強くなかった。



 

 ◇◇◇



 

 結果から言えば――私の予想通りになってしまった。



 クラスカーストトップの三人に強く敵対されたなおちゃんたちは……完全に孤立した。


 机の落書きや今までされた虐めの数。全て学校に報告されたことで、問題はもう既にこの小さな教室には留まらなかった。


 

 私が思っていたより、なおちゃんたちは非力で。光姫ちゃんたちは強かった。


 学年全体に大きく広がった噂は、おそらく全員に伝わってしまっただろう。それも、更に尾ヒレがついて出回った。三対一で私が殴られた、なんて根も葉もないものまで。


 


 ――――なおちゃんは虐めにあうようになった。それも、学年単位で孤立した上に。その内容は……私より酷いものだった。


 元々かなり気の強かったはずのなおちゃんは、みるみるうちに弱気になっていった。聞こえる全てが自分の陰口に聞こえるようになって、次第に学校に来なくなった。


 

 今は、もうなおちゃんたちの学籍はこの学校に残っていない。



 ――私は間違っていたのかな。


 

 光姫ちゃんたちは、


『……光姫の海夏を虐めたんだから、こうなっても仕方ないよ…それに、海夏が思い悩むことはないんだからっ!』


 『うちらは、ちゃんとやめてって何度も注意したし……それにどのみち机にやっちゃったんやから。学校沙汰になってたと思うわ』


 『気にしないで、海夏!何か言われてもわたしたちが守るぞ!!』



 ――そう気遣ってくれた。


 



 一から百まで全て助けてもらっていた私に、何ができたのだろうか。光姫ちゃんがいなければ、今ごろ私は………。



 私は、そんな風に人の心配が出来るほど強くなかったんだ。

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