第21話「最高傑作の崩壊」

「――これはお前のメッキを剥がすための、ただの”鉄の爪”だ」


 俺の言葉にヴォルガの顔が、怒りと屈辱に歪んだ。

 ギルドマスターとしての、そして最高の鍛冶師としてのプライドを真っ向から否定されたのだ。


「……面白い。その威勢がいつまで続くか。その”鉄の爪”とやらでワシの最高傑

作に、傷一つ付けられるものか試してみるがいい!」


 ヴォルガが雄叫びを上げ、黒い大槌を振りかぶりながら突進してくる。

 俺もまたパイルバンカーを大地に突き立てるように構え、その突撃を正面から迎え撃った。


『ティア!今から奴をこじ開ける!装甲データを一瞬たりとも逃さずスキャンしろ!』


《了解!これより対象”ヴォルガ”の装甲データを、強制的に取得します!》


 二つの黒い影が、工房の中央で激突した。


ガギィィィンッ!!


 耳をつんざくような金属の軋む音。

 パイルバンカーの杭とヴォルガの大槌が、火花を散らしながら激しく鍔迫り合う。


「ぬ……おおおおっ!」


 ヴォルガの老人とは思えぬ膂力が、俺の全身を圧迫する。

 足元の石畳がその圧力に耐えきれず、蜘蛛の巣のようにひび割れていった。これがギルドマスターの、最高傑作の力か。

 ただの力押しではジリ貧だ。


『ティア!データは取れたか!』


《……!装甲のエネルギー分散パターンを解析中!あと10秒……いえ5秒だけ持ちこたえてください!》


『……っ!』


 俺は歯を食いしばり、全身の筋肉を総動員して押し返した。

 だがヴォルガの力は、それをさらに上回る。


「終わりだ、小僧!」


 ヴォルガの大槌が俺のパイルバンカーを弾き飛ばす。

 がら空きになった俺の胴体。そこへヴォルガの、鎧に覆われた拳が突き込まれた。


ゴッ!


 鈍い音と共に俺の体は、くの字に折れ曲がり数メートル後ろへと吹き飛ばされた。


「……ぐ、はっ……!」


 口から血反吐が飛び散る。

 肋骨が数本、砕け散ったのが分かった。もしタクティカル・フィールドが衝撃を吸収していなければ、即死だっただろう。


「ふん。その程度か」


 ヴォルガがゆっくりと、倒れた俺に近づいてくる。

 その姿は絶対的な捕食者のようだった。


「ワシを楽しませてくれるかと思ったが……。所詮は珍しいおもちゃを持った、ただのガキだったようだな」


 その時だった。


《……シン。解析、完了しました》


 ティアの静かな声が、脳内に響いた。


《彼の鎧は完璧です。……ですが完璧すぎるが故の、ただ一つの”欠陥”を発見しました》


『……言え』


《あの鎧と槌は術者の魔力を増幅し、莫大なエネルギーを生み出しています。ですがそのエネルギーは術者自身にも、多大な負荷をかける。彼はその余剰エネルギーを定期的に、外部へ放出する必要がある》


 視界にヴォルガの鎧の、立体的な透視図が表示される。

 そしてその背中の一点が、赤く点滅していた。


《……背中の第五頸椎と第六頸椎の間。そこにマイクロ秒単位で開閉する、排熱口(ヒートシンク)が存在します。そこが唯一の、装甲が途切れるポイントです》


『……なるほどな。最高の鎧も中身はただの生身の人間、というわけか』


《ですがその排熱口はあまりにも小さく、そして開いている時間が短すぎます。SCAR-Hのような連射を前提とした武器では、到底狙えません》


『分かっている』


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 ヴォルガが怪訝な顔で、俺を見ている。


『ティア。TACTICAL-BUILD。兵装を再選択しろ』


《……了解。最適な兵装を推奨します》


 俺の右手に再び、黒い金属光沢が収束する。

 だが今度生成されたのは、パイルバンカーのような巨大な武器ではない。

 あまりにも小さく、あまりにも旧式な一丁のハンドガン。

 俺がこの世界に来て、最初に手にした相棒M9ピストル。


「……」


 ヴォルガが言葉を失っている。

 その表情は嘲りから侮蔑、そして純粋な困惑へと変わっていた。


「……貴様。ワシを愚弄しているのか?」


 地を這うような低い声。

 無理もない。戦車の主砲に匹敵する攻撃を放つ最強の戦士を前に、俺が取り出したのは豆鉄砲のような小さな拳銃なのだから。


「その鎧もその槌も、確かにお前の言う通り最高傑作なのだろう」


 俺はM9のスライドを引き、初弾を薬室に送り込みながら静かに言った。


「だがなヴォルガ。どんなに分厚い鎧を着込もうと、どんなに巨大な武器を振り回そうと、お前がやっていることはただの”暴力”だ。そこには技術も戦術も何もない」


 俺はM9の銃口を、真っ直ぐにヴォルガへと向けた。


「今から教えてやる。本当の”技術”というものが、どういうものなのかをな」


「……ほざけ、ガキがぁっ!」


 俺の言葉についにヴォルガが激昂した。

 プライドを傷つけられた獣のように、凄まじい形相で突進してくる。

 黒い大槌が再び、俺の頭上へと振り下ろされた。


 だが俺はもう動かない。

 ただ静かに、その時を待つ。


『ティア。排熱口の開閉タイミングをカウントしろ』


《了解。……敵、最大出力で攻撃。エネルギー放出まであと3秒》

《2》

《1》

《……今!》


 その瞬間。

 ヴォルガが大槌を振り下ろす、まさにその刹那。

 彼の背中にほんの一瞬だけ、赤い光が漏れた。

 針の穴ほどの小さな光。


 俺の指がトリガーを引いた。


 パン!


 サプレッサーも付けていないM9の発砲音。

 それはヴォルガが生み出す轟音に比べれば、あまりにもか細い音だった。

 放たれた9mm弾。それはヴォルガの巨体に吸い込まれるように、見えなくなった。


 そして。

 ヴォルガの動きがぴたりと止まった。

 俺の脳天寸前で、振り下ろされた大槌が静止している。


「……な……?」


 ヴォルガの兜の奥から、信じられないという声が漏れた。


「……今、何が……?」


 次の瞬間。

 彼の漆黒の鎧の隙間から、赤い光がいくつも漏れ出し始めた。

 それはまるで内側から、何かが溶け出しているかのような不気味な光だった。


「あ……が……あ、あああああああああっ!」


 ヴォルガの絶叫。

 鎧がカチャカチャと異常な音を立て始める。そしてその表面が、まるで熱した飴のようにどろりと溶け落ちていった。


 鎧の内部で何かが暴走している。

 排熱口を破壊されたことで、行き場を失った莫大なエネルギーが鎧そのものを焼き尽くす。そしてその中身であるヴォルガ自身をも、内側から焼き尽くしているのだ。


「こ、こんな……!ワシのワシの最高傑作が……!こんな小さな鉄屑一発で……!」


 断末魔の叫び。

 やがてヴォルガの体は溶け落ちた鎧と共に、一つの醜い鉄塊と化し動かなくなった。


 工房に静寂が戻る。

 残されたのは俺と、そしてヴォルガだった”もの”。


『……終わりだな』


《はい。目標の無力化を確認しました》


 俺はM9をホルスターに戻し、鉄塊へと近づいた。

 その中心部で何かが鈍い光を放っている。

 それはヴォルガの鎧の熱にも耐えた、小さな箱だった。


 俺がその箱を手に取ると、中から一枚の古びた羊皮紙が出てきた。

 そこに描かれていたのは、俺が見たこともない奇妙な紋様。そして古代の文字で記された地図だった。


『ティア。これは?』


《データベースと照合。……信じられません。これは”古代遺跡”の場所を示す地図です。伝説にしか存在しないとされていた、失われた超技術が眠る場所……》


 古代遺跡。

 ティアを生み出した謎の組織に繋がる、新たな手がかり。


 俺は、その地図を懐にしまった。

 そして工房に散らばる、最高純度の魔導金属インゴットを見渡す。


 これだけの素材があればライラの奴も喜ぶだろう。

 俺の兵装も新たな次元へと進化する。


 俺は破壊されたギルドの扉から外へと出た。

 空は既に白み始めていた。

 長い夜の終わり。


 淡い光の中で、俺は静かに歩き出した。

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