後日談①

「あれからどうですか? 何か異変は?」


「いえ、特には……強いて言うなら、姉の意識が回復したことでしょうか? これは嬉しい異変ですけどね」


 ……あの夜から、一週間が過ぎた。

 『追ってくる手帳』の誕生経緯と呪いの元凶を解き明かした謙吾の手によって黒い靄が消滅させられたのとほぼ同時に、三花の目の前で智里の亡霊も姿を消した。

 その時、智里がどこか安心したような表情を浮かべていたことが、記憶に強く残っている。


 手帳も謙吾たちに回収され、それから三花の前に戻ってくることはなかった。

 意識不明の重体だった姉も回復し、元通りの日々が戻りつつある。


「そういえば、鈴原智里さんも意識が戻ったんですよね?」


 姉の話をしたところで、三花は少し前に見たニュースを思い出しながら二人へと言う。

 そのニュースでは、鈴原智里が意識を取り戻したことと、無茶な取材を行っていた記者たちの悪事が報道されていた。

 おそらくだが、記者たちの何名かは逮捕されるだろうと……そう言っていたキャスターの言葉を振り返る三花へと、花那多が言う。


「鈴原さんの意識は禍津呪物に囚われていた。あの靄が彼女を逃がさないようにしていたのね」

 

「鈴原さんが意識を取り戻したら、自分たちのやったことがバレるから……ってことですか?」


「多分ね。でも、靄が消滅したことで鈴原さんは解放され、あなたが彼女の心に寄り添ったおかげで彼女は恐怖に立ち向かう勇気を得た。そういうことにしておきましょうよ」


 智里が記者たちの悪行を証言できたのは自分のおかげだと、花那多から褒められた三花が顔を赤く染める。

 そんな彼女へと、今度は謙吾が口を開いた。


「『追ってくる手帳』の被害に遭った方々は全員意識を取り戻しました。そして、所有者を追わなくなった……手帳は我々が管理しますが、もう呪物としての脅威は消えたと判断していいでしょう。ですが、何か異変を感じたらすぐに機関に連絡してください。できる限り迅速に対応しますから」


「はい、ありがとうございます」


 謙吾の言葉に頷く三花であったが、そんなことにはならないだろうという確信にも近い予感を覚えていた。

 これがきっと、二人と会う最後になる……と考えた彼女は、思い切って謙吾へと質問を投げかける。


「あの……筧さんは、どうして禍津呪物になってしまったんですか? こうして禍津呪物を探しているのは、何か理由が……?」


「……色々特殊なんですよ、僕の場合は。禍津呪物の回収をしているのも、その特殊な事情が絡んでるんです」


 緩く微笑みを浮かべたまま、謙吾はそう答えてくれた。

 同時に、これ以上は知らない方がいいと彼が暗に伝えていることに、三花は気付く。


 恐怖の対義語は理解だが、知り過ぎてしまうこともまた恐怖を生み出すことを三花はこの一件を通じて学んだ。

 それ以上は聞かずに頷く彼女の前でコーヒーカップを空にした謙吾と花那多が、テーブルの上に一万円札を置いてから立ち上がる。


「では、僕たちはこれで失礼します。重ねてになってしまいますが、何か異変を感じたらすぐに連絡してください」


「どうか、元気でね。また会えたら嬉しいけど……何事もないことを祈ってるわ」


「ありがとうございました。お二人も、お気を付けて」


 きっとこれからも謙吾と花那多は禍津呪物を回収していくのだろう。

 その誕生までの経緯を、そこに込められた人の想いを、呪いを生み出した元凶を理解し、危険に飛び込んでいく。

 そんな二人がこれからも無事であることを祈りながら……三花は、彼らとは真逆の道を進み、平穏な日常へと戻っていくのであった。

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