『追ってくる手帳』、解明

 靄は、語り掛けてくる謙吾に対して反応を見せることはない。

 ただその場に立ち止まり、身動きせずに彼の話を聞いているようにも見える。


 謙吾が何をしようとしているかわからない三花は、固唾を飲んで彼と靄を見つめ続けることしかできずにいた。

 そんな彼女の前で、謙吾はゆっくりと語り出す。


「この呪いを解明するにあたって最も重要な手掛かりは、呪いの対象となった人々だ。佐野さんを含む、『追ってくる手帳』に選ばれた五人に共通点がないか? まずそこから調査を始めた僕は、すぐに一つの答えを得た。全員が女性であることだ」


 謙吾の話を聞きながら、三花はインターネット掲示板の書き込みを思い出す。

 最初に『追ってくる手帳』を拾ったAという人物は、恐怖に追い詰められた際に自分を私と書き込んでいた。

 その一人称から考えるに、Aは女性だったのではないかと……ぼんやりと三花は思う。


「ただ、それだけじゃなかった。もう一つ、被害者たちには共通点があったんだ」


「それって、いったい……?」


「簡単な話だよ。全員がだったんだ。君も、君のお姉さんもそうだっただろう?」


 謙吾の言葉に、三花は驚きながら頷く。

 の名が表す通り、彼女は三姉妹の末っ子だ。そして、自分の前に『追ってくる手帳』に呪われた姉は、次女……姉であり、妹でもあった。


 思い返せば、インターネット掲示板に書き込んでいたAも、兄がいることを示唆する書き込みをしていたはずだ。

 機関の調査もあるのだろうが、呪われた人間全員が妹であることを突き止めた謙吾は、それを踏まえた上で一歩踏み込んでいく。


「これは偶然じゃあない。『追ってくる手帳』は、妹である女性を意図的に狙っている。なら、その理由は何なのか? 手掛かりになったのはこの手帳が赤色の表紙をしているということだ。傾向的に見て、赤色の手帳を使うのは女性の方が多いだろう。ここまで考えた僕は、一つの仮説を立てた。この『追ってくる手帳』の元々の所有者は女性……それも、妹だったんじゃないかというものだ」


「手帳は、自分とよく似ている人間を選んでいた……ということかしら?」


「そう。これは呪いに限らず、心霊事案でよく見られる傾向だ。先祖の霊が子孫に憑りつくことがあるように、霊というのは自分と似通った存在を求めるものだからね」


 謙吾の話を聞いていく三花は、少しずつこの呪いをし始めていた。

 自分が呪われた理由という、一番わからなかった部分が解明されていくと共に落ち着きを取り戻していった彼女は、謙吾の話に耳を傾ける。


「ここまでくれば話は簡単だ。手帳の出現時期と地域に妹という情報を加えて調査を行えば、手帳の持ち主の候補が浮かび上がってくる。最大の決め手になったのは、この記事だ」


「それって、私が見せた……!!」


 冬雪オンラインアーカイブ『そこに正義はあったのか?警察官の執拗な追跡によって引き起こされた悲劇!!』……謙吾が手にしたスマホの画面には、昼に喫茶店で彼に見せたネット記事が表示されている。

 警察官に追跡され、命を落とした青年、金子智樹かねこ ともき

 彼がこの呪いの元凶であるという三花の推理は外れていたが、全くの無関係というわけでもなさそうだ。


「……機関が調べた結果、この痛ましい事件がまた別の悲劇を引き起こしていたことが判明した。何があったのかを知る人間は、ほんの一握り……全ては公表されずにいる」


 悲しそうにそう呟いた謙吾が、懐から赤い手帳を取り出す。

 書き殴られたような文字が浮かび上がるページを黙って見つめていた彼は、黒い靄に問いかけるように口を開いた。


「……この文字は、君の心の叫びだ。君に悪意はなかった。その証拠に、誰かを傷付けるような言葉が書かれていない。君はただ、助けを求めていたんだろう?」


「えっ……?」


 『助けて』『どうして?』『怖い』『死ぬ』『なんで私が?』……それが、手帳に浮かび上がってきた文字だ。

 それを目にした時は恐れでパニックになっていたせいで気付けなかったが、これは確かに誰かを呪い殺そうとしている悪霊の言葉ではない。


 謙吾の言う通り、『追ってくる手帳』は……今、自分の目の前にいる黒い靄は、助けを求めていたのではないだろうか?

 彼女自身と同じ、妹である人々に共振し、救いを求めて縋っていた。『追ってくる手帳』は所有者となった人間を恐怖で追い詰めようとしていたわけではない。彼女もまた、何かに追い詰められていた。


「……君の正体はわかってる。大丈夫だから、姿を見せてくれ」


 静かに、優しさを含んだ声で、謙吾が黒い靄へと語り掛ける。

 その言葉が合図だったかのように靄が晴れていき……内側から人間が姿を現す様を目にした三花は、はっと息を飲んだ。

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