第22話 聖剣祭スタート
やがて王宮の中庭で聖剣祭の開始が告げられる。上階のテラスから司祭が宣言し、壇上で楽団が音楽を奏で始めた。
会場の周囲にずらりと並ぶテントには、酒や清涼飲料水やスナックが並ぶ。このあと王の式辞があり、献上された聖剣の吟味が始まり、今年の聖剣が選出される。
さっそくバーベキューステーキの列に並ぼうとするラコナンナを、おっさんとヤミヒが引っ張って連れ戻す。
「食べに来たんじゃないんだからさ」
「でも、全部無料だよ。元を取らないと」
「ここは元を取らなくていい場面なの」
「貧乏グセが染み付いている」
そばでヤミヒが、半眼でつぶやいている。
「サレジナさんを助けるんでしょ」
おっさんも半ば呆れて小声で囁く。
「そうでした」
と本来の使命を思い出したラコナンナは恨めしそうにバーベキューステーキの皿をもって去ってゆく参加者たちの背中を見つめる。
くそー、きっといつかお腹がはち切れるまでバーベキューステーキを食べてやる!と心に誓い、すべての集中力を発揮してバーベキューステーキに背中を向けた。
「……で、おっさん。地下牢への経路は把握できてるの?」
ステーキへの未練たらたらなラコナンナは、口の中にたっぷりと湧いてきていた唾液を飲み込んで、シリアスな顔でおっさんに尋ねる。
いけない、いけない。あのバーベキューステーキの味を想像していたら、思わずヨダレが垂れてしまうところだった。
「こっちかな?」
かなり自信なさげなおっさん。
さきほど会場を抜け出し、トイレを借りると衛兵に告げた三人は、指示された廊下を歩きつつ、脇に逸れるルートを横目で探していた。
とりあえずトイレの前は素通りしてそのまま前進する。
「下へ行く階段を探そう」
おっさんが提案する。
「少なくとも、トイレの近くに地階はない」
「地階? 地下にもフロアがあるってこと?」
「そうだ。王宮は地下三階まであると聞いたことがある。が、地下フロアのすぐ上にトイレは作れない。ということは……」
おっさんは頭の中で王宮の地図を描いて、地下のフロアがある位置を計算したっぽい。
「あそこの角を右に曲がろう。そして、できるだけまっすぐ」
「分かった」
二人は早足になるおっさんのあとを小走りで追いかける。
そして、通路の奥、突き当りには大きな階段。上ではなく、下へと続くやつ。
「あ、あれだ!」
声を上げたタイミングで声をかけられた。
「お前ら、そこで何してる!」
怒気をはらんだ声音に振り返ると、衛士の制服に身を包んだ男がこちらを指さしている。
「そこは立入禁止だ!」
「やばい。ここは俺に任せて、君たちは地下へ」
おっさんが階段を指差す。が。
「あ、いっけね!」
と叫んで一張羅の燕尾服の腰を抑えている。
走り出しかけてつんのめったラコナンナは、おっさんの腰をたっぷり一秒注視する。一瞬ギックリ腰か!と心配したが、ちがうらしい。丸腰なのだ。
そうだ。そうだよ。
おっさんの刀は聖剣として献上され、いまは審査を待っている状態。聖剣の資格なしとなれば返却されるのだが、少なくとも今はおっさんの腰に、その刀はない。
「まて! おまえたち、止まれ!」
逃げ出しかけていたラコナンナたちに反応して、衛士が腰のサーベルを抑えながら走り出す。
「あたしがやる」
変装用のマントを脱ぎ捨てたラコナンナは、下に着込んだ軽装鎧姿を晒す。革帯には円盾とバスタードソードが装備されていた。
敵が武装していると見た衛士は、すかさずサーベルを抜き放つ。
「とりゃー!」
奇声──いや、気合を発して突進するラコナンナ。盾で身を守りつつ、バスタードソードを振り上げる。
反射的に防御の体勢をとった衛士に対し、ラコナンナは間合いの境界を越えて飛び込み、そこからまさかのドロップキック。
砲弾みたいに飛翔して衛士の胸に足から突撃。そのまま衛士を吹き飛ばした。
予想外のラコナンナの攻撃に、壁まで飛ばされて頭を打った衛士は、そのまま気絶してしまった。
「よし」
小さく拳を握りしめたラコナンナが振り返ると、おっさんが目をキラキラさせながら、拍手している。
「すごい蹴り技だ。スカートなのにはしたない」
褒め方が変。
「先を急ぐよ」
立ち上がったラコナンナは、先頭を切って地下への階段を駆け下りる。
この先に地階があり、そのどこかに地下牢があって、そこにサレジナが囚われている。彼女を解放し、三人で逃げ出して、どこか遠くの国で傭兵として暮らすのだ。
「おっさん、ごめんね」
階段を駆け下りながら、ラコナンナはおっさんに先に謝っておいた。
「あたしたちの戦いに巻き込んじゃって」
「なぁに、これも成り行き。君たちのお陰でオリハルコンも手に入ったからね。師匠にもよく言われた。刃筋は刀が教えてくれる。刀にしたがって切れってさ。これらすべて、きっとまだ見ぬ聖剣によるお導きにちがいない」
おっさんの言っていることは意味不明だが、とにかく怒ってないのだけは良かった。
「急ごう。あの気絶している衛士が発見されたら、きっと王宮は大騒ぎになるから」
ラコナンナは先頭を切って階段を駆け下りた。
すぐあとについたヤミヒが、ウォンドの先にぽっと鬼火を灯して暗い階段を照らしてくれる。
みんな、ありがとう。みんなのお陰であたしは戦える。ラコナンナはぎゅっと拳を握りしめた。
階段の奥から差す淡い鬼火が、サレジナが囚われている地下牢の片隅を照らした。
何者かが下りてくる。
膝を抱えて丸くなっていたサレジナは、膝を崩してあぐらをかくと、すっと背筋を伸ばした。地下牢へ面会に訪れた客人を迎えるためだ。
かつかつと堅い靴音が響き、ランタンを手にした影が下りてきた。壁に跳ね返った鬼火がその者の姿を映し出す。
「キリルアン」
サレジナは目を見開いて、久しぶりに見る婚約者の姿に心を打たれた。
彼とこうして顔を合わせるのは何年ぶりだろう?
「健勝であったか、サラ」
キルリアン・グリムクリフはサレジナ付きの近衛騎士によって組まれたエメラルド騎士団の団長であった。いまもそうであろう。
と同時に、彼女の幼馴染でもある。二人はかつて将来を約束した仲であり、それは父王ガイアス・シルヴィア四世も認めていた。もちろん、魔王と入れ替わる以前のガイアス・シルヴィア四世が、だ。
キリルアンはサレジナ、いやサラレジーナのことを、二人っきりのときはサラと呼んだ。その懐かしい声音に思わず涙が目に浮かぶ。
サレジナは弾かれたように立ち上がり、鉄格子に駆け寄った。もしこの鉄の檻がなければ、彼女は彼に飛びついていたことだろう。
「あなたは変わりない? キルリアン? 急に出ていってしまって、ごめんなさい」
「分かっている、サラ。君には成さねばならぬことがあったのだろう」
長身の美丈夫の端正な顔貌がすぐそばにあった。短い栗毛。彫りの深い顔。太い眉と優しげな青い瞳。
「ああ、キルリアン」
格子の間から伸ばしたサレジナの手を、キリルアンの指が絡め取る。サレジナは彼の手の冷たさにどきりとしつつも、愛しげに自らの指を絡めてゆく。
「サラ、ぼくの愛しい人」
「キリルアン、会いたかった」
「それより、キルリアン」
ふと我に返ったサレジナは愛しい人に問う。
「あなたは気づいているの? 王が偽物だということに」
「偽物? どういうことだ」
「あの王は偽物よ。魔王が入れ替わった姿なの。わたしはあいつを倒すために戻ってきた。今のあたしなら、その力がある」
「それは本当なのか?……つまり、王が偽物だという話だが」
「本当よ」
「しかし、では本当の王はどこに?」
「多分もうこの世には……」
サレジナはうつむいて首を横に振る。
「それが真実なら、由々しき事態だ」
キルリアンは腰の剣帯に吊るされた鍵束を取り出した。
「いま、開ける」
サレジナは一歩さがって、鍵が開くのを待った。カチャカチャという金属音が地下牢の岩壁に響く。
「いま、王はどこに? もちろん、偽物の王のことだけど」
サレジナの問いにキルリアンが答える。
「今日は聖剣祭だから、その式典に参加している。さきほど審査が終わって今年の聖剣が選出された。それらを保管すめため、王自ら保管庫へ出向いている」
「聖剣は保管庫にはいかない。おそらく保管庫は空っぽでしょう。王は聖剣をすべて、『奈落の泉』に沈めているから」
「『奈落の泉』? あの、すべての物質の時間を止めてしまうという呪いの泉のことか? あんな場所に沈められたら、二度と取り出せないぞ」
キルリアンは鍵を回す手を止めて目を上げる。
「それが狙いよ。魔王はこの世のすべての聖剣を封じ込めてしまうつもりなの」
「それでか……」
キルリアンが鍵を回し、かちゃりと閂を外す。
ぎっと錆びた音を立てて、牢獄の扉が開いた。
鳥かごから解き放たれた小鳥のように飛び出したサレジナが、美丈夫の騎士に抱きつく。サレジナの軽装鎧とキルリアンのフルプレート・アーマーがぶつかって無骨な金属音を奏でた。とてもとてもロマンチックとはいえない抱擁だが、サレジナはそれでも構わなかった。
「キルリアン。会いたかった」
数年ぶりに頬をこすりつけた婚約者の顎は水のように冷たかった。だが、サレジナは気にしない。綺麗にヒゲを剃られてつるつるの肌も気にしなかった。
「なるほど。そういうわけか」
キルリアンが合点がいったとうなずく。
「王はこのところ悪夢にうなされていた。恐ろしい夢に毎夜毎夜苛まれ、ろくに眠ることもできなかったという」
「その話は魔王本人から聞いた。聖剣を手にしたわたしに討たれる夢だという。キルリアン、今日が聖剣祭だと言ったね。今年、聖剣は選出されたの? 今年の献上品の中に聖剣は存在したの?」
「ああ、二振りあった」
「ということは、城内には使える聖剣がまだ二振りあるということだね。それを使わせてもらおう。いま、すでに魔王はそれらを『奈落の泉』に沈めようとしていると思う。ならば、急ぐ必要がある」
「行くのか?」
「ええ。今が魔王を倒す最後のチャンス。その聖剣が沈められぬうちに奴の手から奪い取り、偽物の王を討つ」
サレジナは決然と言い切った。
「わかった。ぼくも行こう。こっちだ」
キルリアンはサレジナを促して階段を駆け出した。
重装騎士の鎧と剣がかちゃかちゃと鳴る。それは、なんとも頼もしい騒音だった。
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